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December 28, 2005

クロアチア語の格変化



スラブ系の言語は格変化が多くて難解に感じてしまいます。呼格なんか無くてもいいんじゃないのか?!例えば、Ivan(イヴァン)さんを呼ぶとき、呼格にして「Ivane(イヴァネ)!!」と呼びかけるのですが、わざわざそんなことしなくても、Ivan のままでいいじゃない!クロアチア語には格変化を簡略化するような動きはないのか、という勝手な疑問をクロアチア人の友人にぶつけてみました。

すると、「簡略化する動きはないけど、古来の(さらにややこしい)文法に戻す動きならある」、という答えが返ってきました・・・。バルカン半島は、他民族に侵略され続けてきた長い歴史があるので、民族のアイデンティティーを守るために古い文法に戻そうと考える人たちが常にいるのだそうです。そして、実際にそれを実行しているグループもいるということなのですが、もしもそういうことを日本で本気でやったら(例えば、いきなり江戸時代の言葉で話している人がいたら)変人扱いされるか笑われるかのどちらかで終わりそうではありませんか?

クロアチア語を教えて!Teach Me Croatian!」ホームページでは、出来るだけ文法用語を使わずに解説をしたいと思っているのですが、それにも限界があります。やっぱり格変化は避けて通れないということですね(苦笑)レッスン5のDAY23では、いよいよ格が少しだけ出てくる予定です。

ブログ内関連記事:
クロアチア語には標準語がない?!
クロアチア語の呼格について

December 22, 2005

クリスマスシーズンにぴったりな映画 (3)「アイズ・ワイド・シャット」



クリスマス映画というわけではありませんが、主人公(トム・クルーズ)が訪れる場所にはそれぞれクリスマスツリーが飾られています。クリスマス・パーティーなども豪華絢爛。いわゆる典型的なクリスマス映画に見飽きてちょっと異色なものを探している場合におすすめ(笑)。しかし、ヌードや乱交パーティーが出てくるので、子供の前では見ないほうがいいです!私はこの映画の不気味で不可解な雰囲気が好きです。知らぬ間に異次元に一歩踏み込んでしまったかのような・・・「ここはどこ、私は誰」という感じで、主人公がわけのわからない闇にどんどん落ち込んでいく様子がおもしろい。あと、二コール・キッドマンの全裸姿がかなり美しいです。トム・クルーズとニコール・キッドマンが絡み合うシーンを見ると、「もうこの二人は(現実の世界では)別れちゃったんだよなぁ。」としみじみ思ったりなんかして。クロアチア版の題名は「Oči širom zatvorene」です。

原題:Eyes Wide Shut
製作年:1999年
製作国:アメリカ合衆国
監督:スタンリー・キューブリック
出演:トム・クルーズ、二コール・キッドマン


December 21, 2005

クリスマスシーズンにぴったりな映画 (2)「エルフ ~サンタの国からやってきた~」



エルフ~サンタの国からやってきた~
原題:Elf
製作国:アメリカ
製作年:2003年
監督:ジョン・ファブロー
出演:ウィル・フェレル、ジェームズ・カーン、ズーイー・デシャネル、メアリー・スティーンバーゲン

アメリカで大人気のコメディアン、ウィル・フェレル主演の楽しい映画です。北極でエルフに育てられた人間の男の子バディが成長して、ニューヨークに住む実のお父さんを探しにいくお話。サンタの国がとてもかわいらしい。最近急成長している若手女優、ズーイー・デシャネルの演技にも注目です。なんだかぶっきらぼうだけど、人間の内面の真価を見通せるような、そんな不思議な女性を演じています。この気取りのない美しさが崇高。エルフ以外の映画でも、ズーイー・デシャネルがいると、異常な世界が正常に見えてくるから不思議です(例えば「銀河ヒッチハイク・ガイド」などもそう)。笑えるけど心温まる映画。ちなみに、クロアチア版の題名も「Elf」です。

December 20, 2005

クリスマスシーズンにぴったりな映画 (1)「若草物語」



監督:ジリアン・アームストロング
製作国:アメリカ合衆国
製作年:1994年
出演:スーザン・サランドン、ウィノナ・ライダー、トリニ・アルバラード、クレア・デインズ、キルスティン・ダンスト、サマンサ・マシス、クリスチャン・ベール

四人姉妹の成長を長年にわたり描いていますが、クリスマスの頃の場面で始まります。南北戦争時代のアメリカの家や、雪景色がとてもいい感じ。最近は個性派俳優として活躍しているクリスチャン・ベールが、この映画の中だと大根役者(っていうか、表情がない・・)に見えてしまうのは、姉妹役のみなさんがすごく魅力的な演技をしているからでしょうか?!母親役のスーザン・サランドンも温かくて聡明で、完璧な母親像になっています。

最後にクロアチア語クイズ。英語の原題は Little Women です。では、クロアチア版の題名は何というでしょう?

December 17, 2005

クロアチア人の何パーセントがアンテ・ゴトヴィナは無実だと感じているか



今月クロアチアのアンテ・ゴトヴィナ元将軍が戦犯の容疑で国連に拘束された事に対し、クロアチアの新聞が最近アンケートをとりました。それによると、53パーセントの人がこの逮捕を「クロアチアにとって悪いニュース」と感じたそうです。下記はそのニュース記事(ロイター)です。
Croatian general pleads not guilty to war crimes

逃亡中のゴトヴィナ元将軍を捕まえることがクロアチアのEU加盟の前提条件となっていたので、「クロアチアにとって良いニュース」だと感じた人も結構いたんですね。しかし、「アンテ・ゴトヴィナは有罪だ」と感じている人は、なんと、たったの5パーセントという結果でした。おそらくそれはクロアチア人以外(クロアチアに住むセルビア人やボシュニャク人)の意見でしょうから、クロアチア人のほとんど全部が「ゴトヴィナは無実だ」と信じているといってもいいと思います。

ゴトヴィナ元将軍の逮捕以来、各地で抗議デモがあったということを先日の日記に書きましたが、ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルでも、規模は小さいもののやはり抗議集会がありました。

SVI SMO MI ANTE GOTOVINA

上の写真は、そのモスタルに現れた落書きです。友人が写真を撮って送ってきてくれました。

さて、SVI SMO MI ANTE GOTOVINA とは一体どんな意味でしょうか?(答えはこの記事の一番下を見てください。)

ゴトヴィナ元将軍は祖国の独立と自由のために戦い、我々(クロアチア人)も皆同じことをした、一体誰にそれを責める権利があるのか?アンテ・ゴトヴィナだけにすべての責任を負わせるなんておかしい、というのがクロアチア人全体の気持ちのようですね。

ブログ内関連記事:
アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(1)
アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(2)

答え:

We are all Ante Gotovina.「我々は皆アンテ・ゴトヴィナだ。」

December 15, 2005

アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(2)



戦争犯罪の容疑でハーグに拘束されているアンテ・ゴトヴィナ元将軍は、1995年クロアチアの嵐作戦などで活躍した元軍人です。セルビア側や国連側からみたら戦争犯罪ということですが、逆にクロアチア人からみれば、これは祖国を救った大事件で賞賛に値するもののようです。なぜでしょうか?

クライナ・セルビア人共和国

1991年、クロアチア領内のクライナ地方にセルビア系の国「クライナ・セルビア人共和国」が出来てしまい、それが1995年まで続いていました。クロアチア軍は1995年8月、クライナ・セルビア人共和国の首都であったクニン(Knin)を攻撃し、わずか4日間というスピードでクニンを制圧(嵐作戦)。このときに約150人のセルビア人が死亡し、ゴトヴィナ元将軍は現在ハーグで殺人罪に問われています。しかし、クロアチア人からみれば、短期間で犠牲を最小限にとどめることができ、大成功の戦いでした。それまではセルビア軍の力のほうが強く、5年間も奪回することが出来なかった土地を、わずか4日間で制圧できたのですから、奇跡的ともいえるかもしれません。そしてその5年のあいだに、数多くのクロアチア人の村々がセルビア軍によって皆殺しになったり焼き払われたりしていました。

また、ゴトヴィナ元将軍は、この嵐作戦のときに約15万人(20万という説あり)のセルビア人をクライナ地方から追い出した責任も問われていますが、これまたクロアチア側からみれば、「祖国を守るために必要不可欠な手段だった。そうする以外には国を守ることが出来なかった。」ということになります。

下の地図をご覧になってください。クライナ・セルビア人共和国はこんなに大きく(赤い部分)、クロアチア人にとってもセルビア人にとっても軍事ルートの要で、ここを失う側は非常に不利になることが分かりきっていました。


1)もともとクロアチア領であったということ、2)クロアチアはクライナ・セルビア人共和国を承認していなかったということ、3)これ以上セルビア人に攻撃されないようにするためには絶対にこの土地を失うわけにはいかなかったということ、以上の理由などからクロアチアは嵐作戦を実行し、結果的に1995年クライナ・セルビア人共和国は消滅することになりました。

「ここまで母国に貢献してくれた英雄をハーグに引き渡すなんてクロアチア政府はひどい」、という抗議の声もクロアチア人から多く聞かれます。また、クロアチアのメディア(ヴェチェルニ・リスト紙など)は、ゴトヴィナ元将軍は自分が逮捕されることをある程度予測していたのかもしれない、身を犠牲にしてクロアチアのEU加盟への道を開いたのかもしれない、という見方をしています。(EU加盟の前提条件として、ゴトヴィナ元将軍の逮捕が提示されていたので。)

なぜ変装もせずにカナリア諸島に戻って来たのか?

逮捕されたとき、ゴトヴィナ将軍はスペインのカナリア諸島のリゾートホテルで友人と夕食をとっているところでした。国際刑事警察機構(インターポール)に顔写真付きで世界に氏名手配されていたにもかかわらず、変装も全然していなくて、無抵抗。まるで最後の晩餐となることがわかっていたかのよう。

カナリア諸島というのは、1980年代にゴトヴィナ元将軍が戦争で負傷した時に療養していた場所で、この地の愛人にスペイン語を教わったそうです。これは彼の支援者が出版したアンテ・ゴトヴィナの伝記にまで書かれていたことですから、「カナリア諸島にいるかも」というのは本を読めば簡単に思いつきそうなものです。これまでは世界各地を転々と逃げ、タヒチ、アルゼンチン、中国、チリ、ロシア、チェコ、モーリシャス諸島などに行っていたことが、彼の偽名パスポートの記録から分かっています。

そんな遠くまで逃げていたのに、最後はあきらめたかのようにカナリア諸島に戻ってきてあっけなく逮捕。逮捕されたかったのかな、と私も思ってしまいます。

最後に、夕食中のゴトヴィナ逮捕の瞬間の写真8枚。
Uhićenje generala Gotovine (ヴェチェルニ・リスト紙)(追記:リンク切れです)

ブログ内関連記事:
アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(1)
クロアチア人の何パーセントがアンテ・ゴトヴィナは無実だと感じているか

December 13, 2005

アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(1)



日本ではサッカーのワールドカップのおかげで最近また話題になっているクロアチアですが、クロアチア国内ではこんな重大ニュースで大騒ぎです。

ハーグ国際戦犯法廷から起訴されていた、クロアチアの退役将軍アンテ・ゴトヴィナ容疑者 (Ante Gotovina)が、4年間の逃亡の末、ついに先週スペインのカナリア諸島で逮捕されました。EUがアンテ・ゴトヴィナ元将軍の逮捕をクロアチアのEU加盟の前提条件としていたので、無事に逮捕されてめでたしめでたし・・・かと思ったら全然違いました(-_-;)

多くのクロアチア人にとって今だにアンテ・ゴトヴィナは、クロアチアを独立に導いた英雄のひとりなんですね。クロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナの各地で、ゴトヴィナ元将軍をハーグに引き渡したことに対する抗議デモが起こっています。最近一番目立ったのは、クロアチアの沿岸都市スプリト(Split)でおきたデモ行進。なんと、7万人以上が参加しました。また、ヴェチェルニ・リスト(新聞)をはじめとするクロアチアのメディアの多くも、ゴトヴィナ元将軍を擁護する記事を書いています。

参考:Press show sympathy for Gotovina (BBCニュース)

クロアチア人の友人たちに意見を聞いてみたところ、やはりゴトヴィナ元将軍を悪く言う人はいませんでした。以下に書くことは、私が知るクロアチア人たちの気持ちです。

なぜアンテ・ゴトヴィナがクロアチアでは英雄なのか?

  1. クロアチア人を攻撃したセルビア人を撃退し、セルビアに奪われたクロアチアの領土を取り返して国を守ってくれたのがゴトヴィナ元将軍だ。彼が携わった嵐作戦はクロアチアを独立の勝利に導いた。
  2. ゴトヴィナ元将軍は国の命令で動いていたわけであり、責めるなら当時の故フラニョ・トゥジマン大統領を責めるべきだ。

アンテ・ゴトヴィナがそれほど潔白ならばなぜ逃亡したのか?

  1. 国際連合による裁判はあてにならないから、逃げるのは当然だ。例えば、同じくクロアチアの元将軍で、ハーグで裁かれたティホミール・ブラシュキッチ(Tihomir Blaškić)は2000年3月に45年間の拘禁刑を宣告されたが、その後、新しい証拠が発見され、2004年7月には9年間に減刑された。
  2. セルビア人がクロアチアを攻撃し始めたとき、クロアチアが国連に助けを求めても全然信じてくれず、助けてもくれなかった。堪忍袋の尾が切れてクロアチアがセルビア人と戦いを始めたら、国連はクロアチアのほうを責めた。そんな国連がやる裁判をどうやって信用できるのか?
  3. 裁判にかけるならばクロアチア国内で裁かれるべきだ。

まとめ

彼らの話を聞いていると、ゴトヴィナ元将軍が国連に引き渡されたという怒りと共に、国際連合に対する強い不信も感じました。また、クロアチア人からみれば、セルビア人が最初に戦争をしかけてきたという思いが強いようです。例えば、学校で友達(セルビア)にいじめられて先生(国連)に言っても全然本気にしてもらえず、耐え切れなくなってその友達を叩き返したら先生に一方的に怒られた・・・そんな感じかな?これがセルビア人からみたら全く逆の話になり、クロアチアが先に叩いてきた、と主張すると思われます。そういえば、映画「ノー・マンズ・ランド」でもこんな口論やってましたね、セルビアの兵士とボスニアの兵士が。「戦争を始めたのはそっちだろ!」「ちがうよ、そっちじゃないか!」なんて言いながら。

さて、ハーグでのゴトヴィナの裁判、いったいどうなりますでしょうか。

アンテ・ゴトヴィナはなぜクロアチアでは英雄なのか?(2) へ続く

ブログ内関連記事:
クロアチア人の何パーセントがアンテ・ゴトヴィナは無実だと感じているか


映画 「ノー・マンズ・ランド」 (allcinema)

December 11, 2005

クロアチアのチョコレート (2)




昨日の日記「クロアチアのチョコレート(1)」に出てきたクロアチアのチョコレート Samo ti シリーズの姉妹品がこれ。Volim te チョコレートといいます。これは、10月9日の日記「クロアチアの切手」に出てきたのと同じく、「愛してる」という意味です。

ここでクイズです!

昨日勉強した「Samo tebe (君だけを)」と 「Volim te(君を愛してる)」 を混ぜ合わせて、「君だけを愛している。」という意味にするにはどうすればいいでしょう?

December 10, 2005

クロアチアのチョコレート (1)




今日は、クロアチアのチョコレートの包み紙から単語を学んでみます。商品名の Samo ti は、何という意味でしょうか?

December 8, 2005

クロアチアを訪れる観光客の90%はドゥブロヴニクへ行く?!



ワシントンポストにこんな記事が載っていました。

Shoring Up Croatia

The Croatian National Tourist Office said this year 9 to 10 million people will have visited the former Yugoslavian state, more than twice as many as its population. In addition, the cruise port town of Dubrovnik is the top place to visit among travelers in Croatia. "Ninety percent of people visiting Croatia go to Dubrovnik," said Nena Komarica, general manager of the tourism office's North American branch. "It's very touristy." (前後略)

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article...

クロアチアが観光地として近年急成長しているというニュースはいろいろなところでみかけますが、クロアチアを観光に訪れる旅行者の90%はドゥブロヴニク(Dubrovnik)に行くなんて、すごい人気ですね。

そして、この冬のクロアチア航空の運行スケジュール(2005年10月から2006年3月)には、ドゥブロヴニクとヨーロッパの主要都市(パリやフランクフルトなど)を結ぶ直行便の数が増えて、ますます行きやすくなったようです。

クロアチア航空のホームページの中にあるpress gateへ行き、News in Croatia Airlines’ winter timetable, valid from 30 October 2005 to 25 March 2006 というところをクリックすると、詳しい情報が見られます。

クロアチア航空のキャンペーン

さて、クロアチア航空のマイレージプログラム(ルフトハンザ航空などと共通)である Miles & More では、入会キャンペーン実施中です。2006年3月31日までにオンラインで入会すると、2000ボーナスマイルがプレゼントされます。ただし、入会した日から一年以内に3000マイルを獲得しないと、このボーナスマイルは無効になってしまうようです。来年の夏などにクロアチアへの旅行を計画されているかたは、3月末までにとりあえずマイレージプログラムにだけは入っておいたほうがお得かも!(入会無料。)

詳しいことはこちらで。
Become a Miles & More member for free

ルフトハンザ航空のキャンペーン

また、ルフトハンザ航空のほうでは、日本在住の人を対象に入会キャンペーン中です。こちらは2005年12月31日まで。この期間中にMiles & Moreに入会し、ルフトハンザのフライトを利用して3000マイル以上獲得すると、2000ボーナスマイルが特別加算されます。

詳細はこちら。
Miles & More入会キャンペーン

December 6, 2005

「エバー・アフター」(1998年)



原題:Ever After: A Cinderella Story
製作国:アメリカ
監督:アンディ・テナント

先日の日記で、ボスニア・ヘルツェゴビナのジプシーについて言及しましたが、ジプシーが出てくる映画で私が思い出すのがこの「エバー・アフター」。(舞台はフランス。)詳しいことは亀吾郎のブログのほうでも読めます。この話に出てくるジプシーたちもやっぱり盗賊。でも、実は気のいい盗賊として描かれています。

話は飛びますが、クロアチアのダルマチア地方(クロアチア語ではダルマツィヤ)と関係が深い犬の品種ダルメシアンは、もともとジプシーと共に旅をする犬だったという説もあるそうです。へぇ~。

ヨーロッパの多くの国で古くからこの犬の存在が確認されているにもかかわらず正確な原産地を特定できないのはこの犬がジプシーと共に旅をしたためで、馬車に伴走する特性もジプシーとの旅に由来すると言われている。

ワールドドッグ図鑑:ダルメシアン より
http://www.dogfan.jp/zukan/non_sporting/dalmatian/

ブログ内関連記事:
ブルース・リーのヌンチャク、ジプシーの子供たちにとっては金の延べ棒

December 5, 2005

”Sretna Nova godina” の g は、なぜ小文字?



(クロアチア語)Sretna Nova godina.

(英語)Happy New Year.

(日本語)明けましておめでとう。

Happy New Year と英語で書くときは、それぞれの単語の最初を大文字にしますが、クロアチア語では Sretna Nova godina のように、godina が小文字のままです。どうしてでしょう?

まず、Sretna は、文頭なので大文字で始まります。次に、Nova godina新年という意味で、ひとまとまりの固有名詞なので、その先頭の一文字である N だけが大文字になります。

別の例では、あのモスタルのブルース・リー像が立っている場所の近くにスペイン広場というのがありますが、英語だと Spanish Square、クロアチア語では Španski trg となります。(trg が小文字で始まることに注目!)英語の固有名詞とは違い、クロアチア語の固有名詞は(たとえ2語以上でも)先頭の一文字だけが大文字になります。

では、メリー・クリスマスは?

(クロアチア語)Čestit Božić

(英語)Merry Christmas

(日本語)メリー・クリスマス

クリスマスという意味の Božić は、クロアチアでも固有名詞扱いなので大文字で始まり、Čestit はもともと文頭なので大文字、というわけです。

December 4, 2005

ブルース・リーのヌンチャク、ジプシーの子供たちにとっては金の延べ棒



モスタルブルース・リー像は、すごいです!体は小さいけれど(実物大ですが)、ボスニア・ヘルツェゴビナが抱える問題を世界に次々と露呈してくれて、いま非常におもしろい存在と言っても過言ではないと思います(^ ^;) そしてまたまた、思いもしなかったところから、新たな民族問題が出てきました。しかも、この地で有名な、あの「クロアチア人対ムスリム」という民族問題とは全然関係のないところから。

12月1日付けの地元の新聞にこんな記事が出て、話題になっています。
Nun chaku Bruce Leeju otrgli mali Romi (追記:リンク切れ)

ブルース・リー像を壊した犯人はまだ捕まっていませんが、有力な目撃証言と証拠(足跡など)が出てきました。犯人と思われるのは、なんとジプシー(ロムまたはロマ)の子供たち。ジプシーの子供たちが集団でヌンチャクを取ろうとしている姿が地元の人々によって目撃されています。あまりにもキンピカなので、ヌンチャクを金の延べ棒のように高価なものだと勘違いしていたそうです。(本当は銅ですよ!)注意した人もいたそうですが、全然いうことを聞かずに、しぶとくねばっていたそうです。その時点で警察に通報すればよかったのに!まさか子供の力で壊せるとは思わなかったのかな。

昨日の日記に載せた写真を見てもわかるように、真っ白だった土台が、泥の足跡や手跡で汚れています。(除幕式当日は雨でした。)ブルース・リーの銅像にももちろん指紋がたくさん残されています。しかし、盗んだ現物(片方のヌンチャク)をうまく隠して否認すれば、警察に捕まらないかもしれません。「取ろうとしたけど失敗した。結局何も取っていない。」、といえばいいんですから。

ジプシーの存在というのは、バルカン半島だけでなく、ヨーロッパ全体で非常に大きな問題になっています。つい先月も、こんな新聞記事が出ていました。
Gypsy Integration In Europe Urged

ジプシーに対する差別や暴動が、フランスをはじめヨーロッパ各地で起こっているんですね。モスタル周辺のジプシーも評判が悪いです。そして今回の犯人がもしもジプシーの子供の仕業と判明した場合、さらに悪くなるでしょう・・・。また、犯人が別人だったとしても、ジプシーの子供たちが銅像を泥まみれにした事実には変わりがないので、やっぱりこれで評判を落としたことになります。

ジプシーはなぜ評判が悪いのか?

一部のジプシーによる非社会的な行動が、ジプシー全体の評判を落としてしまっています。例えば、物乞いと盗みで生活を立てるジプシーのグループの存在。親が子供に物乞いをさせたり、万引きをさせたりします。(子供が盗んだものを親が受け取る。)ジプシーというのは、物語などに盗賊として出てきたりするのが典型ですが、それを地でいくようなグループがまだいるようです。それが生活手段なので、罪悪感もほどんどないと思われます。まともなジプシーは、自分たちの手で作った手芸品や工芸品を売ったり、日雇い(または季節)労働をしたり、ちゃんと自分で稼ぎます。

ヘルツェゴビナに住む友人のお母さんが、町でジプシーの子供に物乞いをされたときのこと。「何も食べていないので、お金をちょうだい。」とせがむので、「食べ物ならあげられるけど?」と言ったところ、「食べ物はいらないよ。お金だけちょうだい。」という答えが返って来たそうです。「お金をもらってどうするの?」と聞いてみたら、「お金をためて家を買うの!」という返事が。ジプシーは移動する民族なので、なぜその子が「家を買う」と言うのかよくわかりませんが、それにしてもそんなことを言われたんじゃ、「こっちだって戦争で何もかも失って一生懸命働いて家を買おうとしているのに、子供に物乞いをさせて稼いでいるようなジプシーにお金をやる余裕なんかないのよ!!」と思ってしまってもしかたがない。

一方、本当に貧しくて物乞いをしているジプシーの子供もいると思うのですが、「ああ、どうせまたウソ付いて物乞いをしてる」と感じる人が多いので、本当に貧しい子供たちがお金を恵んでもらえるチャンスも減ります。また、お店の経営者たちは、ジプシーの子供たちによる万引きに困っていますから、たとえ盗みをしたことのないジプシーでも、疑いの目で見られてしまいます。

そして今回の事件により、一部のジプシーの子供たちのしつけの悪さがまた明るみに出てしまいました。でも、未成年のことなので、ジプシーに対する非難の声というよりは、「警察や公園がもっと警備に気を配るべきだった」、という非難のほうが地元ではいまのところ大きくなっているようです。

もしも日本にも流浪の民が現れたとして、日本の銅像にそんなことをされたら、白い目どころじゃ済まされないでしょうね・・・。それこそ民族問題に発展しそう。

footprints on Bruce Lee

銅像に残された足跡。(撮影日:12月2日(現地時間))

関連記事:
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モスタルにブルース・リーで、やっぱり正解だった!
写真で見る!今日のブルース・リー像
ブルース・リーの銅像はどこへ行った?
ブルース・リーが帰って来た!(1日だけ・・・)

December 3, 2005

写真で見る!今日のブルース・リー像



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モスタルの近くに住む友人が、今日(現地時間では12月2日)のブルース・リー像の写真を撮って送ってきてくれました。(どうもありがとうぅぅぅっ!!)

これが、今日のブルース・リーの姿。脇の下に穴が開いているのが見えますか?本来は、鎖を脇に挟んでいたはず。その鎖も切れています。

真っ白だった土台が、犯人たちの足跡で泥まみれに・・・。(当日は雨でした。)これだけの足跡と指紋を残してくれたのですから、警察が本気で犯人を捕まえようとすれば、結構簡単かも?そして実際に、壊した犯人たちの見当がだいたいついてきたみたいです。地元ではニュースになっていますが、まだ英語のニュースにはなっていないようなので、英語か日本語で読めるニュースがインターネットに出しだい、ここにも書きたいと思います。

ブルース・リーのヌンチャク、ジプシーの子供たちにとっては金の延べ棒につづく

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ブルース・リーの銅像はどこへ行った?
ブルース・リーが帰って来た!(1日だけ・・・)

November 29, 2005

モスタルにブルース・リーで、やっぱり正解だった!



せっかく完成したブルース・リーの銅像(11月27日の日記参照:モスタルに完成したブルース・リー像が意味するもの)なのに、その一部がもう壊されてしまいました。除幕式の翌日の朝には、片方のヌンチャク棒と鎖がなくなっていたそうです。

それはとても残念なことでしたが、このニュースを配信した時事通信社の伝え方のほうにも疑問を感じざるを得ません。まず、記事の題名が「ブルース・リーの銅像破壊=除幕式直後―ボスニア」です。その記事は下のリンクで読めます。
Livedoor ニュース (追記:左はリンク切れです。)
Yahoo! ニュース (追記:左はリンク切れです。)

「ボスニア・ヘルツェゴビナ南部のモスタルに建てられたカンフー映画の英雄ブルース・リーの銅像が除幕式からわずか数時間後に破壊された。」という部分が引っかかります。

新聞記事を最後まで読めばわかりますが、実際に損壊が発見されたのは除幕式の次の日の早朝なんですよ。「除幕式直後」「除幕式からわずか数時間後」というのは、考えようによっては間違いではないかもしれないけれど、誇張されていると感じました。

AFP通信による英語の原文はここで読めます。
Vandals hit Bruce Lee statue in Bosnia (追記:左はリンク切れです)

時事通信社は、原文の "hours after" をそのまま「数時間後」と直訳したようなのです。しかし、例えば3時間後でも13時間後でも英語では "hours after" になるわけで、日本語の題名の「直後」や記事内の「わずか数時間後」という響きからすると、とても一夜明けた後の話には聞こえません。見出しだけ読んだ人が誤解すると思います。これを翻訳した人は、言葉使いやニュアンスを全然気にしていないのかな??という感じがしました。(女性週刊誌やスポーツ新聞じゃないんだから・・・。)

一方、Asahi.com (朝日新聞)では、「除幕式から1日もたたないうちに壊されているのが見つかった。」「わずか十数時間後に」となっており、こちらのほうが適切な表現だと思いました。

Asahi.com の記事はここ。
ブルース・リー像のヌンチャクなくなる ボスニア (追記:左はリンク切れです。)

日本語と英語間の正確な翻訳というのは難しいとは思いますが、ニュースを読むときは鵜呑みにするのではなくて、自分の頭で考えて真意をとらえないと・・・危ない危ない。また、自分自身が文章を書くときも、知らず知らずのうちに不正確な表現をしていることがたくさんあると思うので、気をつけねば・・・。

そのほかに私が感じたことは以下の通りです。

土台が低すぎた??

公共の場所に設置される銅像の場合、耐久性が重要です。人が不意にぶつかったりボールが飛んできても壊れないように。ボスニアの像は、ヌンチャクや鎖など壊れやすい部分があるので、これ以上同じ被害が起きないようにするためには(フーリガンが夜中によく来る公園だそうですし)、土台を高くして人の手に簡単に触れられないようにするしかないんじゃないかな・・・。土台をあえて低くしたのは、実物大のブルース・リーの体のサイズを間近で味わうためだったかもしれません。手を伸ばせばすぐヌンチャクに触れられるような距離です。

土台の低さがわかる写真
Bruce Lee symbol of unity in Bosnia
民族対立続くボスニアの町で、ブリース・リーの彫像完成 (追記:左はリンク切れです。)
Bruce Lee remembered in Hong Kong, Bosnia(簡単に手が届いてます。)

香港の方が土台が高い
香港にもブルース・リーの銅像=生誕65年を記念 (追記:左はリンク切れです。)

公園の宿直管理人はなぜ止めなかったのか?!

"I heard a loud bang but I was alone and I couldn't stop them. Police should have been more agile. They know that hooligans visit this park regularly." と宿直管理人は言っていますが、本当に止めようとしたようには思えないんですが。フーリガンが暴れているのを通報したのではなく、朝になって銅像が壊れているので警察に通報した、ということのようですし。いつもの不良どもがまた来た、ぐらいにしか思わなかったのでは?なんだか、お花見に来た人たちが酔っ払ってどんちゃんさわぎをするうちにハメをはずして物を壊すのに似ている気がします。酔って暴れている時点で警察に通報して欲しかった・・・。

やっぱりブルース・リーの銅像で正解だった!!

これがもしもブルース・リーではなく、すこしでもカトリック寄り、またはムスリム寄りの人物の銅像だった場合、たとえ酔っ払いのフーリガンに壊されたとしても、民族間のけんかに発展していたかもしれません。いくら宗教に関係ないと説明したところで、それを信じることができない人々がいてもしかたがありません。その点、今回はブルース・リーなので、これをクロアチア人またはムスリムのせいにするひとはまだいません。市民の怒りはもっぱらフーリガンに向けられています。雨だった土曜日の除幕式に参加したのは300人程度でしたが、モスタルはヘルツェゴビナの主要都市なので、通勤・通学に来る人々がたくさんいます。私の友人もそうで、月曜日に銅像を見るのを楽しみにしていたのに、まだ見もしないうちに壊されたことを知り、憤慨していました。

現在捜査中だそうですが、早く解決するといいですね。

写真で見る!今日のブルース・リー像につづく

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写真で見る!今日のブルース・リー像
ブルース・リーのヌンチャク、ジプシーの子供たちにとっては金の延べ棒
ブルース・リーの銅像はどこへ行った?
ブルース・リーが帰って来た!(1日だけ・・・)

November 27, 2005

モスタルに完成したブルース・リー像が意味するもの



11月26日(土)、世界初のブルース・リーの銅像がモスタル市に完成しました!写真で見るとなんだか小さく見えますが、等身大だそうです(1メートル68センチ)。

ニュース記事と写真は下のリンクで見られます。
Bosnia unveils Bruce Lee bronze (BBCニュース)

別の角度から見ると、こんな感じ。(すごいアングルですね・・・。)
Bosnian town erects world’s first Bruce Lee statue (ロイター)(追記:リンク切れ)

また、世界で2番目となる香港のブルース・リー像は、翌日(ブルース・リーの誕生日にあたる11月27日)に公開されます。

香港の銅像の製作中の写真はここ。
Bosnia to ’beat’ Hong Kong with Bruce Lee statue (AFP)(追記:左はリンク切れ。同じ写真がこちらで見られます。公開前の、11月23日の写真。 )

もともと、モスタルの計画のほうが香港よりもずっと前に始まり、モスタルの人々の同意や市からの許可、資金集めなど数多くの問題を乗り越えての完成だったので、「世界初の」というタイトルが欲しかったみたいです。

ほぼ同時に出現したこの2つの銅像が比べられるのはしょうがないでしょうね。ポーズとしては、香港の銅像のほうが動きがあってかっこいいかななんて、最初の一瞬は思ってしまいました。しかし、この銅像の役割は全然違うものです。香港のほうは、ちょっと触ったら足蹴りが飛んできそうな感じです。一方、モスタルの方は、戦いの準備は出来ているものの、「ちょっと待て、攻撃するまえによく考えてみろ。」と示唆しているかのよう。大学で哲学を学んだブルース・リーの精神的な部分を強調し、モスタルの平和のシンボルとしての役割を体現したポーズだと思います。

戦争中は、虐殺と虐待が民族浄化の名のもとに正当化され、残虐な行為が繰り返されていた場所です。万が一、この地でまた争いが起きたときに、この銅像を見た人が少しでも立ち止まって真の正義の意味について考えてくれればいいと思います。

ちなみに、モスタルのブルース・リーの銅像は北を向いて立っています。モスタル市では(ネレトバ川を境にして)東側にムスリム人が住み、西側にクロアチア人が住んでいるので、どちら寄りでもない北を向いているのだそうです。

モスタルにブルース・リーで、やっぱり正解だった! に続く

関連記事:
地元の人に聞く!なぜモスタルにブルース・リーなのか
モスタルにブルース・リーで、やっぱり正解だった!
写真で見る!今日のブルース・リー像
ブルース・リーのヌンチャク、ジプシーの子供たちにとっては金の延べ棒
ブルース・リーの銅像はどこへ行った?
ブルース・リーが帰って来た!(1日だけ・・・)

November 26, 2005

ボスニア紛争の死者の数が見直される



デイトン合意からちょうど10周年。欧米のニュースでは、戦後10年を振り返って特集を組むなど、いろいろな方面でかなり話題になっていました。それに比べ、日本国内での扱われ方のなんと小さかったこと!日本のメディアの弱さを感じてしまいました。

さて、20万人とも25万人とも言われていたボスニア紛争の死者の数ですが、よく調べてみたらその半分の10万人ぐらいかもしれないそうです。

ニュース記事:
Research halves Bosnia war death toll to 100,000 (ロイター)(追記:リンク切れです)

まだ調査中で、正式な結果は来年の春に出るそうです。死者数がたとえ半分に減ったとしても、戦争の悲惨さは変わりません。

もっとすごいのは、いまだに1万4千人が行方不明だそうで。

ニュース記事:
14,000 Bosnians still missing (追記:リンク切れです) 

皆殺しにした人々を集団墓地に埋め、さらに証拠隠滅のためにそれをブルドーザーで掘り返して別の5箇所に移したので、人骨はバラバラの状態のことが多く、同一人物の骨が複数の墓地で見つかってもおかしくないそうです。先月も、集団墓地のひとつが新たに発見されました。これを聞いて、当時者でない私でさえ非常な怒りを感じるぐらいですから、家族をそんなふうに殺された人々の怒りや悲しみは想像を絶するものがあります。

ニュース記事:
New Srebrenica Mass Grave Found
Identifying Srebrenica’s Missing(&虐殺の日の体験談)(動画とテキスト)

最近は物騒な世の中ですが、こんな戦争に比べたら日本はまだ平和ですね。いまの日本の平和に感謝・・・。

November 22, 2005

旧オマルスカ強制収容所



10年前のちょうど昨日(11月21日)、アメリカのオハイオ州デイトンで和平協定が結ばれ、ボスニア紛争が終結しました。10周年にあたり、先週ごろから各国のニュースでそのことがまた話題になっています。あのボスニア戦争のことを調べるには、今が絶好のチャンス。インターネットのニュース記事だと、一定の期間を過ぎると無料で閲覧できなくなってしまいますから、その前に出来るだけ読んでおこうと思います。私は10年前、ボスニア戦争に関してはほとんど無関心で、「遠い国の戦争」ぐらいにしか思っていませんでした。いま、遅ればせながら少しずつバルカン半島を理解しようとしているところです。

さて、ボスニアの旧オマルスカ強制収容所の今を伝えるこんな記事がありました。
Ex-foes make peace at Omarska (BBC)

記事の中に出てくる、“How could they do this?" "Neighbours, former school friends and work colleagues. I don't understand." という、数少ない生存者の言葉がずしりと心に響きます。以前は近所で挨拶を交わしていた普通のおじさんおばさん、昔の同級生、仕事場の同僚だった人々が戦争が始まったとたん急に敵になって、こんな仕打ちをしてくるんですね・・・・。多民族国家だからこそ起こる現象。体験者の話やインタビューを読まないと、とても想像し得ない状況ではないでしょうか。

上記のサイトで "See the site of the former prison camp in Omarska in Bosnia" をクリックすると、ニュースの動画が見られます。現在の旧オマルスカ収容所の様子と、当時の様子(収容所の中でガリガリになっているクロアチア人やムスリムなど・・)の映像がちょっとだけ見られます。

また、"Before and after images of the Bosnian war” というところで Open (in pictures)をクリックすると、ボスニア・ヘルツェゴビナ各地の戦争中と現在を比べた写真が4枚出てきます。壊れたモスタルの橋と修復後の橋の写真もあります。(両方とも、ネレトバ川から橋を見上げたところ。)

戦争が終わってよかった・・・。

参考 - Goo映画: 「コーリング・ザ・ゴースト 沈黙を破ったボスニア女性たち」(1996) (オマルスカを扱ったドキュメンタリー)

November 21, 2005

羊のリアリティーショーのHPに英語版が出現



9月28日の日記に書きました羊のリアリティーショーのホームページに、最近になって英語版が追加されました。
http://www.stado.org/ (追記:リンク切れ)

勝者が決まる前に英語版を載せてくれればもっとよかったのに!たぶん、ショーがロイターの記事に取り上げられて世界に配信されたので、英語圏の人から問い合わせがたくさん来たんじゃないかな?動画のダウンロードも出来ます。

羊のヨシップくんからの優勝コメントの意味がこれでやっと分かりました(笑)

ヨシップくんの言葉

"Danas sam bio jako uzbuđen pa i iznenađen sa svim događanjima oko rezultata. Drago mi je što sam pobjednik, ali mislim da je Prozerpina također zaslužila doživjeti prirodnu starost. Bilo je napeto do samog kraja. Sada ću zdravo umoran zaspati kao janje, a vidjet ćemo kako ću se sutra osjećati kad izađem i sve postane stvarnost."

英語訳

"Today I was so excited, even surprised by the events leading up to the results. I am happy I am the winner, but I think Prozepina also deserves to live well into her old age. It was tense until the very end. Now I'll sleep like a lamb, and we'll see how I'll feel tomorrow when I come out and this becomes reality."

ヨシップくんはかなりお疲れだったようですが、きっと子羊のようにぐっすり眠れたことでしょう!

November 20, 2005

セルビア人共和国って今どんな感じ?



セルビア人共和国(スルプスカ共和国)って今どんな感じ?と思っていたら、こんな新聞記事をみつけました。

「ボスニア内戦終結から10年、解けぬ民族間の不信」(読売オンライン、11月19日付)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051119id26.htm (追記:リンク切れ)

セルビア人共和国の元首相、ミロラド・ドディキ氏(47)は「民族間の相互不信は10年やそこらでは解けない」と言い切った。(前後略)

確かに10年じゃ無理でしょう!戦争が終わって半世紀たってもいまだに日本のことを恨んでいる人たちがアジアにもたくさんいますし・・・。親兄弟や親戚を殺されたり自分が被害にあった場合、たとえ一生不信でもしかたがないと思います。これを社会的に変えられるのは教育の力(差別はいけないことだと子供に教えていくなど)ぐらいかなと思っていましたが、日本で韓国ドラマがそれをやってのけてくれたときは、びっくりしました!いままでの日本の歴史の中で、民族間の意識(日本人の韓国人に対する意識)をあんなに効果的に短期間でひっくり返したものってなかったのでは?芸術の力は時として教育にも勝る。

ボスニア・ヘルツェゴビナという国は、セルビア人共和国とボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とに二分されてしまい、まるで戦争で疲れきった地域がしょうがなくくっついて我慢しているような感じ。遅かれ早かれ、これをどうにかしなければいけないときが来るでしょうが、今はまだ両者とも戦争で経済力が落ちているので何もできない、とりあえず体力の回復を待ってから、という感じがします。どうかまた戦争が起きませんように・・・。

バニャルカの位置を地図で確認する

セルビア人共和国の首都バニャルカ(Banja Luka)の地図を Google Maps で見るにはここをクリック。

ちなみに、セルビア人共和国はセルビア共和国とは違います。なんとも紛らわしいお名前です。その違いは、9月26日の日記「ヘルツェゴビナってどこからどこまで?」を参照なさってください。

November 17, 2005

「アレキサンダー」(2004年)



原題:Alexander
監督:オリバー・ストーン

この映画、コリン・ファレルの顔にすごい違和感を感じてしまいました。髪だけは金髪なのに、眉毛とか無精髭の色が黒いから、この役のために髪を染めたんですっという雰囲気。これでかなり最初からひいてしまいました(笑)。アレキサンダーの人生を、時間を交差させながら淡々と描く。だから、話に深く感動するようなことは全然なかったけど、歴史について考えさせられたので、興味深かったと言えなくも無い。

この古代マケドニア王国というのは、旧ユーゴスラビアの一部であった今のマケドニア共和国とは違うものらしいですね。古代マケドニア王国があった地域は、今のブルガリアとギリシャとマケドニア共和国に分断されていますが、もともとはギリシャ人が多く住んでいた地域。そのあとそこにスラブ人が侵入してきました。ギリシャ側にしてみれば、古代マケドニアはギリシャの一部という意識が強く、スラブ人がマケドニアの名前を名乗るなんてとんでもない、ということのようです。逆に、マケドニア共和国側にすれば、自分たちはもう先祖代々マケドニアの地に住んでいるのだから、マケドニアを名乗って何が悪いのさ、という感じでしょうか。友達のクロアチア人に聞いてみたら、そんな確執については全然知らなかったと言っています。でも、マケドニア共和国の人に聞いてみたら、やっぱりギリシャに対して怒ってました!

アレキサンダー大王の母親オリンピアをアンジェリーナ・ジョリーが演じており、かなりアクセントの強い英語を話しています。Rがすごい巻き舌です。オリンピアはエピロテという場所の出身らしいのですが、エピロテはギリシャの北西部で、アルバニアやマケドニア共和国にも近い。「外国語なまり」を演技で作り出すにあたり、周辺のスラブ系言語を参考にしたのかな??んー、Rが巻き舌になる言語は他にもあるから、違うかも(笑)。

アレキサンダー プレミアム・エディション

November 16, 2005

クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(2)



昨日の日記クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(1)の続きです。

上級のテキストのほうに、ちょっとした間違いを見つけました。

Next to each name was an initial denoting their sexual orientation – whether they are gay, lesbian, transsexual or transvestite.

出典はここ

gay, lesbian, transsexual or transvestite (ゲイ、レズビアン、性転換者、異性装指向者)」となっていますが、これは、正確ではありません。

まず、例の広告はここで見られます。
http://comingout.gay.hr/ (追記:リンク切れ)

その広告の解説はここ。(クロアチア語)
http://comingout.gay.hr/stojecomingout.php (追記:リンク切れ)

上の広告の解説によれば、実際のカテゴリーはLGBTIQに分けられています。

  • Lezbijka レズビアン lesbian
  • Gay/Gej ゲイ gay
  • Biseksualna osoba 両性愛者 bisexual
  • Transrodna osoba 身体の性と心の性が一致しない人 transgender
  • Interseksualna osoba 半陰陽者 intersexual
  • Queer クイアー(上のどれにも当てはまらない同性愛者)queer

Transrodna osoba (= transgender)

自分の身体の性と心の性が一致していないと強く感じる人。(性転換者である必要はない。)

Transeksualna osoba (= transsexual)

身体の性と心の性が一致せず、それをなおすために性転換手術をした人(又はしたいと望む人)。transgenderの一種といえる。

Interseksualna osoba (= intersexual)

半陰陽者。先天的に体が両性を示していたり体の性が医学的に不明な人

Queer(これは英語と同じ)

かつては同性愛者に対する蔑視の言葉でした。しかし最近では、最も広い意味での同性愛者、または自分がどのカテゴリーにもあてはまらない(またはあてはめたくない)と感じる人が自らを queerと呼ぶようになってきています。同性愛者が自分や仲間を queerと呼ぶには差し支えないのですが、異性愛者が同性愛者に向かってqueerと呼ぶのはやめたほうがいいです。

おおぉ、そういえば、アメリカのバンドR.E.M.のマイケル・スタイプが、自分のセクシュアリティを「もっと流動的なもの(more fluid)」とし、自分がゲイともバイとも断言できないと(インタビューで)答えていたのを思い出します。

余談:
言葉の一つ一つを調べる前に、アメリカ人に「queer とゲイってどう違うの?」とか、クロアチア人に「transrodna osoba って何?」などと聞いても知らない人が多かったので、これらの単語を覚えてもそれほどボキャブラリーの勉強の足しにはならないかもしれませんが、せっかく調べたので忘れないようにブログに載せておこう思いました!

関連記事:
インターセクシャルのジュディさんの手記(英語)
(生まれたときは性不明だったが女として育てられたジュディさんが、男性になり、女性と結婚して子供をもうけるまでの人生)
Queer について(ウィキペディア、英語)

ブログ内関連記事:
クロアチアの同性愛者たち(1)
クロアチアの同性愛者たち(2)
クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(1)

November 15, 2005

クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(1)



Breaking News EnglishというESL用のホームページで、クロアチアの同性愛のことが教材に取り上げられていました。やっぱりあの広告は世界のいろいろなところで話題になってたんです(笑)。無料のESL教材のわりには使いやすくて親切なサイトだと思います。(ESL授業用の教材ですが、学習者でも十分使えると思います。)MP3の音声ファイルもついているので、発音も聞けます。やはり語学学習者には、聴けるサイトが嬉しいですね。

Croatian homosexuals make a stand (初級) (追記:新しいリンクはこちら
Croatian homosexuals make a stand (上級) (追記:新しいリンクはこちら

トップページはここ。
http://www.breakingnewsenglish.com/

( --> クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(2)に続く)

ブログ内関連記事:
クロアチアの同性愛者たち(1)
クロアチアの同性愛者たち(2)

November 14, 2005

ヘンゼルとグレーテルがなぜクロアチアではイヴィツァとマリツァなのか



昨日の日記の続きです。グリム童話のヘンゼルとグレーテルがクロアチアではイヴィツァとマリツァと呼ばれていることを書きました。(クロアチアだけでなく、ほかの旧ユーゴスラビアの国々でもそうです。)なぜ?と思って調べてみたら、ヘンゼルとグレーテルはもともと Little Brother と Little Sister とあらわされていたのだそうです。しかし、このグリム童話の初版が出版されるときに、グリム兄弟が「ヘンゼルとグレーテル」という名前にしたのだとか。「ヘンゼル」や「グレーテル」という名前自体は、ドイツの昔話ではありふれた名前で、どこにでもいそうな男の子と女の子の名前というのがその選択の理由みたいです。

詳しいことはここで読めます。

解説つきの「ヘンゼルとグレーテル」(英語)
http://www.surlalunefairytales.com/hanselgretel/index.html

イヴィツァという名前は、9月15日の日記「クロアチア人とセルビア人の名前」にも書きましたように、クロアチアの名前というよりもむしろセルビアっぽい響きがあるそうです。とは言え、ありふれた名前というのは確かなので、「イヴィツァとマリツァ」もクロアチアの子供たちにとってはどこにでもいそうな男の子と女の子のお話に思えるはずです。それはグリム兄弟の意図の通りと考えれば、イヴィツァとマリツァでも全然おかしくない。

ボスニア・ヘルツェゴビナにブルース・リーの銅像が建てられる話のときでもそうでしたが、知らない者にとっては妙に思える話でも、理由や経緯がわかると「へぇ~なるほど~、それは無理も無いな。」と思えたりするんですよね。今回も、へぇ~と思いました!

November 13, 2005

クロアチアの狼女



クロアチアのこんな昔話を見つけました。

The She-Wolf(英語)
http://www.pitt.edu/~dash/type0402.html#shewolf

Animal Brides 系のストーリーに入っていますが、日本の「鶴の恩返し」もぜひ入れていただいきたい!

それから、このサイトでは、グリム童話 Rapunzelの新旧比較が興味深いです。1812年版と1857版の違いが対照比較されており、どこがどう違うのかが一目瞭然。
http://www.pitt.edu/~dash/grimm012a.html

セルビアの昔話もいくつか掲載されています。
http://www.pitt.edu/~dash/folktexts2.html

やっぱりクロアチアの童話で英語に訳されているもの(なおかつインターネットで無料で読めるもの)って少ないですね。

ついでに、日本の民話・昔話が読めるサイトもありました。

民話・昔話コレクション
http://www.digital-lib.nttdocomo.co.jp/nihonbunka/minwa/ (追記:リンク切れ)

最後にクイズです!

日本の子供にもおなじみのこの童話が、クロアチアでは Ivica i Marica(イヴィツアとマリツァ)と呼ばれています。さて、何の童話のことでしょう?

November 11, 2005

ヌーディストビーチ (2)




8月25日にクロアチアのヌーディストビーチについて書きましたが、そのあとでこんなホームページを見つけました。

Crotia Naturally
http://www.cronatur.com/index.htm

beach reports というところをクリックすると、クロアチアのどこにヌーディストビーチがあるかわかります。また、そこに行った人の感想なども読めます。

英語ではヌーディストのことをナチュリスト(naturist)とも言うんですね。クロアチアのヌーディストビーチ(ナチュリストビーチ)の歴史も書いてあります。それによると、アドリア海のヌーディストビーチの先駆けはクロアチアの Rab島で、1936年の8月にイギリスの王エドワード8世とその妻がRab島訪れたときに裸で泳ぐことが特別に許可されて話題になったのだとか。また、それよりもずっと前の20世紀の初頭から、Rab島では既にヌーディストビーチが存在していたということです。

そして、一般人向けのヌーディスト・リゾートが広まり始めたのは、ヨーロッパの中ではクロアチアが最初だったという説明がされています。(他の国では会員制が多かったそうで。)詳しくは下記のアドレスで読めます。

Naturalism in Croatia
http://www.cronatur.com/nt_cro.htm

ヌーディストのためのエチケット

ヌーディストが知っておくべきエチケットのセクションも参考になります。
http://www.cronatur.com/nt_etiquette.htm (英語)

例えば、「ジロジロ見ない」なんていうのは誰でも想像が付くマナーだと思いますが、「公共のベンチやいすに座るときは自分のタオルを敷いた上にすわる」というマナーも是非知っておいたほうがいいと思います。ヌーディストビーチもいろいろ奥が深いですね。

裸体 = 人間の美、自然の姿」と考えると、生まれたままの姿で一日を過ごすというのは、みんなでやるとすごく快適かも!それが自然に出来る場所がヌーディストビーチならば、なんだかちょっとうらやましい気がしてきました。

参考リンク(外部サイト)

Map of nudist beaches on the Croatian coast (クロアチアのヌーディストビーチの場所を地図で見ることができる。)
http://www.nudistbeaches.info/maps/croatia-map.htm

Maps of nudist beaches around the world (世界中のヌーディストビーチの場所を地図で見ることが出来る。)
http://www.nudistbeaches.info/

ブログ内関連記事:
ヌーディストビーチ (1)
ヌーディストビーチ (3)
ヌーディストビーチ (4)

November 10, 2005

ウィリアム・フォークナー 



いや、もうびっくり!!今ですね、米国ペンシルバニア大学のデイビス教授による、ウィリアム・フォークナー (William Faulkner) に関する講義を聴いてきたところなんです。もちろん日本にいても無料で参加できますよ、インターネットでの講義ですから!

アメリカの南部を描いた作家フォークナーが好きな人や、本場アメリカの大学の講義を(英語で)聞いてみたい人には特に視聴をオススメします。フォークナー関連の資料もたくさん閲覧できます。

私はフォークナーでは特に、短編の「あの夕日」(That Evening Sun)が大好き。これに登場するコンプソン家の子供たちが大人になって出てくるのが長編「響きと怒り」です。私がいわゆる「意識の流れ」手法と初めて出会ったのも「響きと怒り」でした。登場人物の頭の中の、風のように流れていく思考を、テレパシーで読んでいるような・・・そんな不思議な感動がありました。

参考:
「意識の流れ」手法(ウィキペディアより)

講義を無料で聴く方法

Light in August 「八月の光」
The Sound and the Fury 「響きと怒り」
As I Lay Dying 「死の床に横たわりて」

上の3作品の講義がそれぞれビデオに収録されています。詳しい解説も読めます。ただし、オプラさんのブッククラブに入会(無料)してログインしないと閲覧できません。オプラ・ウィンフリーは、アメリカのテレビのトークショーの司会者で、女性に絶大な人気があります。彼女の番組「Oprah」は、世界の100カ国以上で放映されているそうです。もちろんクロアチアでも見られます。そのオプラさんの番組のホームページに「オプラのブッククラブ」というのがあり、本の情報やディスカッションの場を無料で提供しています。フォークナーの情報(FAULKNER 101というコーナー)も満載。おいしすぎ~。「Oprah’s Classroom」というセクションは会員だけに公開されている部分で、フォークナーの講義のビデオもその中にあります。ちなみに、オプラさんはミシシッピー州の生まれで、複数のフォークナー作品に出てくる架空の地域ヨクナパトーファ郡もミシシッピー州です。

サインアップするにはここから!(無料)
https://www.oprah.com/membership/member_new_profile.jhtml (追記:リンク切れ)

追記:残念ながら、現在はもう見られません。

響きと怒り (講談社文芸文庫)

A Summer of Faulkner: As I Lay Dying/ The Sound and the Fury/ Light in August
Oprah's Book Club Summer 2005: A Summer of Faulkner: Three Novels: As I Lay Dying, The Sound and the Fury, Light in August (Vintage International) [ペーパーバック]

November 9, 2005

ボスニア語とクロアチア語の聖書



クロアチアの宗教の話が出たところで、聖書(クロアチア語、ボスニア語)がダウンロードできるサイト(外部サイト)をご紹介しておきます。
  • http://www.bibletoyou.com/download.html (追記:リンク切れ)
PDF形式で何種類かありますが、クロアチア語の学習をしているみなさんにおすすめなのが次のような対訳版です。

English-Croatian Parallel Bible Old and New Testament, pdf
English-Bosnian Parallel Bible Old and New Testament, pdf
English-Bosnian or Croatian Parallel Tract, pdf

また、クロアチア語とボスニア語の違いを軽ぅ~く説明している、
Croatian and Bosnian language differences explained, pdf 
なんていうファイルもダウンロードできます。(英語)

クロアチア語に限らず、外国語で書かれた本を何でもいいから無料でダウンロードしたい場合、聖書や昔話などを探すと手っ取り早いです。日本語訳もインターネットで見つけやすいですし。英語版とクロアチア語版と日本語版を対照させて読むと、短時間でいろいろな単語を覚えられますよ。ただし、聖書などの場合は、言い回しが堅くなります。

聖書の知識は、西洋の絵画や美術史を理解するのにも非常に役立つので、美術が好きな人にも特におすすめです。

追記(2014年6月):同種のサイトを見つけました。クロアチア語版と英語版の聖書を並行させると、照らし合わせながら読めます。
http://www.wordproject.org/bibles/parallel/croatian/index.htm

ブログ内関連記事:
キリスト教の聖人たち
「アンジェラの灰」とキリスト教の聖人たち
クロアチアの聖人たち

November 8, 2005

クロアチアの同性愛者たち(2)



(追記&注意 2017年1月:このページには古い情報が含まれています)

クロアチアの同性愛者たち(1)の続きです。

26歳と14歳の同性愛者のカップルの存在が公表されて、「えっ?!」と思ってしまった私ですが、調べてみたらこれは法的にみても全然問題ないみたいです。インターポール(国際刑事警察機構)のホームページによると、セックスをしても違法にならない年齢は、クロアチアでは14歳。異性結婚に関しては、親の承諾なしに結婚できる年齢が18歳です。ただし、特別な理由が立証された場合、16歳才以上なら結婚を認められることがあります。(詳しい記事はここ。)

そして日本は、さらにその下をゆく13歳!(記事はここ。)知らなかった・・・。これは、刑法177条の、「暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。」*1というのが根拠のようです。「十三歳未満の女子」に対しては、「暴行又は脅迫を用いて」と書かれていないところがポイント。

別の言い方をすれば、13歳未満の女の子とセックスをすれば何が何でも違法(たとえ合意の上でも)で、13歳以上ならば双方の合意があればよい(ただし暴行や脅迫をした上でのセックスなら違法)とも取れるわけですね。「女子」(原文では「婦女」)となっているので、これがもし13歳未満の男の子とのセックスだと、別の刑が適用されるそうです。(これよりも軽い刑。)

さらに、都道府県の条例によっても規制されていますが、「青少年に対して、みだらな性行為又はわいせつ行為をしてはならない。」というように表現がかなりあいまいで、どこからどこまでが「みだら」なのかよくわかりません。条例を破ったときの刑も軽いです。(一般的に、「青少年」というのは、未婚の18歳未満だそうです。)

そういえば、中学生以下のセックス禁止条例案(東京都)なんていうのも去年話題になっていましたが、結局どうなったんでしょうかね???

さて、ほかの国ではどうでしょう。ゲイタイムズの gay guide (UK & world wide)で国別に調べることが出来ます。
(追記:その後、アドレスが変わりました http://www.gaytimes.co.uk/HotSpots/GayGuide.aspx

show me the WORLD というところで好きな国を選びます。(すべての国が載っているわけではありませんが。)そして、Age of consent というところの数字を見ると、合法的にセックスできる年齢がわかります。ちなみに、日本を調べると 13/17 となっており、全国的には13歳だけど地域の条例により17歳となることが多い、ということが説明されています。

ちなみに、タジキスタンではゲイのセックスは違法で、レズビアンのセックスはOKだそうです。なぜ?!と思って説明を読んでみると、

The legislation of Tajikistan (Section 125.1) still follows the corresponding Section 121 from the Former Soviet Union, which only specifically criminalizes "anal intercourse between men". Lesbian and non-penetrative gay sex between consenting adults is not explicitly mentioned in the law as being a criminal offense.

だそうです。ゲイのアナルセックスだけは禁止で、ほかの場合は法律に書かれていないから一応合法。これは旧ソ連の法律に基づくそうです。そこで、今のロシアの法律を調べてみると、ロシアでは1993年に法律が変わり、同性愛が合法になったとのこと。へぇ~。

同性愛の性行為の問題だけに留まらず、同性結婚を認めるか認めないか、また同性愛のカップルが養子をとるのを合法とするか違法とするかなどなど、複雑な問題がいっぱい。同性愛の人たちが生きていくのって大変なんですね・・・。

最後にまとめとして、クロアチアの同性愛運動のことが読めるサイトを載せておきます。

ブログ内関連記事:
クロアチアの同性愛者たち(1)
クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(1)
クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(2)
*1:明治四十年の原文では「暴行又ハ脅迫ヲ以テ十三歳以上ノ婦女ヲ姦淫シタル者ハ強姦ノ罪ト為シ二年以上ノ有期懲役ニ処ス十三歳ニ満タサル婦女ヲ姦淫シタル者亦同シ」 注:2004年の改正で、二年から三年に引き上げられた

November 7, 2005

クロアチアの聖人たち



クロアチアでは外国名はそのまま表記され、セルビアではセルビア語の発音に直されて表記されることを以前書きました。(8月26日の日記参照:クロアチア語とセルビア語の違いを簡単に見分ける方法!(1)

例: ハリー・ポッター

クロアチアでは Harry Potter (英語と同じ)

セルビアでは Hari Poter (Хари Потер)

しかし、これが聖人の名前になると、クロアチアでもとことんクロアチア語っぽく直されるようです。

例えば、「神学大全」を作ったことでも有名な聖人トマス・アクィナス(アキナス)はクロアチアでは Toma Akvinski と呼ばれています。彼はイタリア生まれなのに、スラヴ系の名字である ski がついていますね。また、ハリーの名字である「potter」 の pot を日本語にすると壺、瓶、鍋などになりますが、それを日本風の名字にして壺井ハリーとか壺田針夫とするような行為もアリです(笑)。そうすれば誰でも(子供でも)発音できるし、なじみやすく感じるからでしょう。

さて、クロアチア人で有名な聖人・福者といえば アロイジエ・ステピナツ(Alojzije Stepinac)です。1998年にクロアチアのマリア・ビストリツァで、クロアチア訪問中だったローマ教皇故ヨハネ・パウロ二世によって正式に福者(聖人の前の段階)に加えられました。

ザグレブの大司教だったアロイジエ・ステピナツの人生はこちらで読めます。

http://saints.sqpn.com/blessed-alojzije-stepinac/(英語)
http://hr.wikipedia.org/wiki/Alojzije_Stepinac(クロアチア語版ウィキペディア)
http://en.wikipedia.org/wiki/Aloysius_Stepinac(英語版ウィキペディア)

2005年版カトリック・カレンダー(キリスト教関連のイベントと聖人の名前がクロアチア語で表示されています。)
⇒ http://www.zupa-vela-luka.hr/kalendar.asp(追記:リンク切れ)
http://www.ofm.hr/index.php?...(追記:リンク切れ)

わたしの友人(クロアチア人)には、ちっちゃなサイズのカトリック・カレンダーをいつも携帯している人がいます。その人にとっては、お守りのようなものだそうです。(たくさんの聖人の名前が載っているから。)しかし、その人がとりわけ信心深いというわけでもなく、教会にもほとんど行かないそうです。かくいう私も特別に信仰深くはないけれどお守りはしっかり携帯しています(^^;)

参考:
en.wikipedia.org/wiki/Name_days_in_Croatia

ブログ内関連記事:
キリスト教の聖人たち
「アンジェラの灰」とキリスト教の聖人たち
2月29日の守護聖人は誰?(クロアチアのうるう年)

November 6, 2005

クロアチアの同性愛者たち(1)



クロアチアやバルカン半島の文化を理解するには、宗教の知識がどうしても必要になってきますね(泣)まず、CIAのThe World Factbookによれば、クロアチアの人口の87・8%がカトリック教徒。(2001年)

Roman Catholic 87.8%, Orthodox 4.4%, other Christian 0.4%, Muslim 1.3%, other and unspecified 0.9%, none 5.2% (2001 census)

クロアチアはカトリックの国と呼んでも差し支えない数字だと思います。

先月、このクロアチアで同性愛の問題が話題になっていました。カトリック社会で同性愛はタブー視されているということで、ゲイやレズビアンであることを隠す人がもともと多いそうです。同性愛者であることがバレると白い目で見られたり攻撃されたり、はたまたそれが暴力や犯罪に発展したり。そこで、偏見をやめよう!と社会に訴えるために、クロアチアの同性愛者たちがこんな広告を自国の複数の新聞と雑誌に載せました。
http://comingout.gay.hr/ (追記:リンク切れ)

「これ以上隠れたくない。("Ne želim se više skrivati" = "I don't want to hide any more.")」という声明のもとに、約1200人の同姓愛者が、自らの名前を公表したものです。例えば、最初の Dijanaさんは、26才のレズビアンです。次は、Alenさん(18才、バイセクシャル)と Damir さん(20歳、ゲイ)のカップル。

これに関する詳しいことは、BBCの新聞記事でも読めます。(英語)
Croatia's homosexuals go public
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4331958.stm

この広告自体とても面白い試みだと思いますが、それ以上に、クロアチアにどんな名前があるかを見ているだけでも私にとっては非常に興味深かったです(性別も簡単にわかるし!)

余談ですが、26才と14才のゲイのカップルの名前があるんです。24歳の間違いじゃないかと目を疑ってしまいました。ゲイであることよりも、14歳の未成年で26才と付き合ってること自体が衝撃的では?!( --> クロアチアの同性愛者たち(2)に続く)

ブログ内関連記事:
コで終わる男性名
クロアチア人とセルビア人の名前
クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(1)
クロアチアの同性愛についての記事がESLの教材に(2)

関連語句

gej, gay, homoseksualac ゲイ(同性愛の男性)
lezbijka, homoseksualka レズビアン(同性愛の女性)
biseksualac バイセクシャル(両性愛)の男性
biseksualka バイセクシャル(両性愛)の女性
heteroseksualac ヘテロセクシャル(異性愛)の男性
heteroseksualka ヘテロセクシャル(異性愛)の女性

November 5, 2005

「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のセルビア版



「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のクロアチア版は Harry Potter i plameni pehar でしたね。(11月3日の日記参照:「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のクロアチア版」)それではセルビア版はどうでしょう?

セルビア版は Hari Poter i vatreni pehar (キリル文字で Хари Потер и ватрени пехар) だそうです。第1巻の時とは違い、これはクロアチア版とほとんど同じ意味ですね。

plamen = 炎 flame
vatra = 火 fire

なので、plameni も vatreni も「燃える」という意味になります。今回の文法はシンプルでよかった(^^;)

ブログ内関連記事:
ハリー・ポッターのクロアチア語版とセルビア語版を比較 (3)

November 3, 2005

「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のクロアチア版



もうすぐ公開される映画「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のクロアチア版の題名を文法解析してみます。(って、そんな大げさなものではありませんが!)

英語の原題
Harry Potter and the Goblet of Fire

クロアチア版
Harry Potter i plameni pehar

Harry Potter i は、第一巻のときと同様に、「ハリー・ポッターと」の部分。

plameni は、炎(plamen)という名詞がもとになっていて、「燃えている、flaming」という言葉の男性形になります。

燃える-flaming

plameni(男性形)
plamena(女性形)
plameno(中性形)

peharは言うまでも無く「ゴブレット」です。これは男性名詞なので、やっぱり男性形のplameniを選んで plameni peharとなります。つまり、「燃える(燃えている、炎を出している)ゴブレット」というわけです。文法的には「ハウルの動く城」のときと同じですね!(動く城 = pokretni dvorac)(詳しくは10月1日の日記にあります。)

動く-moving

pokretni(男性形)
pokretna(女性形)
pokretno(中性形)

ちなみに、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で、デロリアン(車)が通ったあと、道に炎が噴き上がりますが、あれをクロアチア語では何というと思いますか?(^^)

答え:

plameni trag =「燃える道 (a flaming trail)」

ブログ内関連記事:
「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」のセルビア版

November 2, 2005

「アンジェラの灰」とキリスト教の聖人たち



クロアチアの祭日「諸聖人の日」で私が思い出すのが、フランク・マコートの自伝「アンジェラの灰」です。そのなかに、フランク少年が聖人伝に夢中になる場面があります。

アイルランドの極貧の家庭に育つ13歳のフランクが、意地悪なおじさんに言いつけられて図書館に本を取りに来ていると、雨が降り出しました。本が濡れるといけないので雨が止むまで聖人伝を読んで待つように、と司書に勧められたフランク少年は、仕方なくいやいや読み始めます。しかし、実際に読んでみると、聖人たちの人生はどんなホラー映画よりも怖かった!例えば、聖クリスティーナ(Christina the Astonishing)はなかなか死なない。胸を切り取られる刑に処されたクリスティーナは、その切り取られた胸を判事に投げつける。そのとたんに判事は耳が聞こえなくなり物も言えない盲人になった。そして矢の刑になると、全ての矢がクリスティーナの体にあたって跳ね返り、矢を射った兵士たちが死んだ。煮え返る油のなかに放り込まれたクリスティーナはその大釜のなかでラクラクとうたた寝。最後は首を切られてついに息絶えた。

いつの間にか雨が止んだことにも気が付かず、フランク少年は夢中で聖人伝を読んでいます。それを見た司書が非常に感心して、この子は将来聖職者になる素質があるかもしれない、とフランク少年の母親に手紙を書きます。普通は子供は図書カードを持てないし、ひとりで図書館に来ることも許されていなかったのに、フランク少年は自由に本を読むことを許され、全4巻の聖人伝を思う存分読めるようになりました。

このエピソードを読んで、キリスト教にほとんど縁が無い私でも、なんだか聖人伝を読んでみたくなりました(笑)「アンジェラの灰」にはほかにも愉快なエピソードがいっぱいで、欧米でベストセラーになりました。

また、この本は出来れば英語で読むのがおすすめです。フランク・マコートは、言葉の調子に気を使う人で、独特なリズムがあります(アイルランドなまりも含まれます)。でもそれが全然くどくなく、鮮明で軽快。子供の頃からシェイクスピアが大好きだったフランクは、大人になってから英語の先生になりました。

"When I look back on my childhood I wonder how I managed to survive at all. It was, of course, a miserable childhood: the happy childhood is hardly worth your while. Worse than the ordinary miserable childhood is the miserable Irish childhood, and worse yet is the miserable Irish Catholic childhood."

上は、のちに作られた映画「アンジェラの灰」でも引用されているフレーズです。カトリックのアイルランド人の悲惨な子供時代を描いた話・・・これは決して大げさではなく、本当に不幸続きの幼少時代なのですが、フランク・マコートのユーモアが沢山ちりばめられていて、非常におもしろい本です。1940年ごろのアイルランドの子供がカトリック社会の影響を受けながらどんな風に育ったかがわかります。

クロアチアのカトリックの子供はどんな風に育つのかな?

ブログ内関連記事:
キリスト教の聖人たち
クロアチアの聖人たち

原題:Angela’s Ashes
著者:Frank McCourt
アンジェラの灰 (上) (新潮文庫)
アンジェラの灰 (上) (新潮文庫)
Angela’s Ashes
Angela's Ashes

November 1, 2005

キリスト教の聖人たち



クロアチアのザグレブにあるアメリカ大使館のホームページにこんなお知らせが出ていました。

The U.S. Embassy in Zagreb would like to inform the public that the Embassy will be closed on Tuesday, November 1, 2005, because of a Croatian holiday (All Saints Day).

Američko veleposlanstvo u Zagrebu ovim putem obavještava javnost da će zbog hrvatskog praznika (Svi sveti), veleposlanstvo biti zatvoreno u utorak, 1. studenog 2005. godine.

今日11月1日は、Svi sveti(カトリックの「万聖節」または「諸聖人の日」)ということで、クロアチアでは祭日なんですね。英語ではAll Saints Dayといいます。すべての聖人と殉教者を祭る日ですが、家族や親戚のお墓を訪れて花を飾ったりキャンドルをともしたりするのだそうです。(なんだか日本のお盆みたい?!)

聖人伝が読めるホームページのリンクを載せておきます。ご自分のお誕生日の守護聖人を探してその生涯を読んでみたら、意外と興味深い発見があるかもしれませんよ。殉教者たちの人生はさすがに波乱万丈です。

聖人カレンダー365日(日本語)
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/index.php

聖人暦(ウィキペディア、日本語)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E4%BA%BA%E6%9A%A6

Saints & Angels at Catholic Online(英語)
http://www.catholic.org/saints/

Patron Saints Index (英語)
http://www.catholic-forum.com/saints/indexsnt.htm

ブログ内関連記事:
「アンジェラの灰」とキリスト教の聖人たち
クロアチアの聖人たち

October 29, 2005

ビーチサンダルをクロアチア語では何と言う?



ビーチサンダル(ゴムぞうり)を英語では flip-flop sandals や flip-flops などといいます。履いたときに flip flop flip flop という音がするのでそう呼ばれています。(日本語ではパタパタとかペタペタといったところでしょうね。)

フリー百科事典のウィキペディアによると、ニュージーランドでは jandals (Japanese sandals を略したもの)とも呼ばれているそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Flip-flops

さて、クロアチア語ではなんというのでしょうか?

October 28, 2005

クロアチアでも鳥インフルエンザ (2)



クロアチアで死んだ野生の白鳥から見つかった鳥インフルエンザはやっぱりH5N1型だったんですね・・・。(10月26日に確認されました。)ヨーロッパでH5N1型が確認されたのは、ルーマニア、トルコ、ロシア、イギリスと続いてクロアチアで5カ国目。クロアチアでは、死んだ白鳥が見つかった池から約3キロ以内のほとんど全ての鳥(約1万7千羽の家禽と野鳥)が殺されました。

これって、「ウィルスの蔓延を防ぐため」というよりは、「全部殺したからうちの国の鳥肉は安全ですよ、輸入をやめないでくださいね」、と外国にアピールするためだけのような気がしますが。

クロアチアで死んだ白鳥は、最近ハンガリーからクロアチアに渡ってきたと推測されています。それにしてはまだハンガリーではH5N1が発見されていません。ハンガリーでは誰も気が付かなかったのか、それともまだ発病していなかったのかは定かではありませんが、たまたまクロアチアに飛んできてそこで死んだ白鳥がいたために付近の家禽まで即皆殺しって、そこまでする必要があるのかなぁ?結局、家禽への感染はみられなかったそうです。健康な鳥を殺すことに莫大なお金を使うよりも、ワクチンの開発などにお金を使ったほうがいいんじゃないかな・・・。

クロアチアで確認されたH5N1型に関する新聞記事はここ。(英語)
Tests confirm H5N1 bird flu strain in Croatia (追記:リンク切れ)

例えば、もしも明日近所に病気の渡り鳥が飛んできて息絶えたとして、そのせいでうちの鳥まで全部殺すように命令されたらショック~(養鶏場などを営んでいるわけではありませんが)。どこでも起こりうる話なだけに、想像すると怖いです。

さて、卵や鳥肉を食べて人間が鳥インフルエンザにかかった例はないそうです。また、感染して死んだ鳥の顔や内臓に直接触ったりしない限り、そう簡単に感染するものでもないらしいです。(でも日々のうがい手洗いは大切!)詳しいことは下記のホームページなどで読めます。

高病原性鳥インフルエンザQ&A(東京都産業労働局)
鳥インフルエンザに関するQ&A(国立感染症研究所)
H5N1 Avian Flu (H5N1 Bird Flu)(米国保健社会福祉省、英語)

ブログ内関連記事:
クロアチアでも鳥インフルエンザ(1)

October 27, 2005

祝!映画「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」公開日迫る



ハリー・ポッター映画の4作目、Harry Potter and the Goblet of Fire (「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」)が11月18日にアメリカやイギリスなどで公開されます。

映画の公式ホームページはここ。(英語)

http://harrypotter.warnerbros.com/

上のホームページで世界各国の公開日も調べられます。旧ユーゴスラビア諸国の公開日をみてみると、

クロアチア 12月1日
セルビア 12月22日
スロベニア 11月24日
(ちなみに日本では11月26日)

だそうです。(ボスニア・ヘルツェゴビナやマケドニアはリストになかったので、わかりません。)セルビアはなぜだか遅いですね。

この映画の紹介をクロアチア語で読むなら下のサイトでどうぞ。
http://www.popcorn.hr/najave/view/54/

このサイトでは、ハリーが恋心を寄せる Cho Chang 役の女の子の顔も見られます。オーディションで3000人以上のなかから選ばれたスコットランド生まれの Katie Leung 。演劇の経験などは全くなく、オーディションは気まぐれで受けてみたそうですよ。なんという幸運。JKローリングさんが、Cho Chang 役には名の知れていない女の子を希望したために、こういうことになったそうです。どんな演技をしてくれるのかな~。映画の公開が楽しみです!

October 25, 2005

どすこい!亀吾郎のブログ



「クロアチア語を教えて!」ホームページの主人公、亀吾郎のブログのアドレスはここです。

http://??????????

はてなダイアリーだとメロメロパークが出来ないので、あちらでやっています。

追記:亀吾郎のブログが引っ越しました。新しいアドレスはここです。(2006年5月1日)
http://??????????  (追記: 2014年現在は休止中です)

October 24, 2005

クロアチアでも鳥インフルエンザ (1)



先週末(10月21日)鳥インフルエンザが正式に初確認され、大騒ぎのクロアチア。ニュースにこんな見出しがありました。

Sanader: Sve ćemo platiti
http://www.iskon.hr/vijesti/page/2005/10/23/0025006.html (追記:リンク切れ)

昨日の日記にも出てきた ćemo がこんなところにもお目見えしています。「我々は・・・するつもりだ。」って、一体何をするんでしょうか?platiti は「払う」という動詞です。sve は「全て」という意味なので、全体では 「We will pay for all. 私たちは全てお支払いします。」ということです。鳥インフルエンザに感染した白鳥の死体が見つかった池がある地域では、家禽すべてと野鳥(合わせて1万羽以上)が殺されなければいけないことになっており、その影響を受ける農家の数は約千戸。その鳥たちの安楽死にかかるすべての費用を政府が払う、と約束するサナデル首相の言葉が Sve ćemo platiti. というわけです。また、欧州委員会がクロアチアからの鳥肉の輸入を禁止する意向にあることから、クロアチアの鳥肉産業全体が大打撃を受けることは必至な模様です。

関連記事:
Croatia culls poultry after first bird flu case (ロイター)
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/L22741308.htm (追記 2017/01/30: リンク切れ。同じ記事がこちらで読めます)

現場を地図で確認

死んだ白鳥が見つかった現場は、クロアチアのスラヴォニヤ地方にあるZdenci国立公園の近くのGrudnjak池で、首都ザグレブの約200km東です。

  • Google地図で Zdenci の位置を見るにはここをクリック。

今月はじめにルーマニアで、ヨーロッパ初のH5N1型が確認されましたが、クロアチアやトルコ(トルコでも鳥インフルエンザが確認されています。)はドナウ川によってそのルーマニアと繋がっています。

ドナウ川の流域の地図
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Danubemap.jpg
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Danubemap.JPG

狂牛病とかなら輸入制限も効果的でしょうが、鳥には「渡り鳥」がたくさんいるので、殺してもキリがないんじゃないかな・・・。ドナウ川に沿って東西に移動する渡り鳥もいるそうです。クロアチアの白鳥も、東からウィルスを運んできたのではないかと推測されています。

関連語

ptica = 鳥 a bird
ptice = 鳥の複数形 birds
ptičja gripa = 鳥インフルエンザ bird flu
ribnjak = 池 a fish pond
ribnjak Grudnjak = Grudnjak fish pond

ブログ内関連記事:
クロアチアでも鳥インフルエンザ (2)

October 23, 2005

壁に書かれたメッセージ



10月19日の日記で触れましたクロアチアの窓の写真ですが、その壁に書かれていたクロアチア語のメッセージ(落書き)について。

写真はザグレブの古い家の窓です。
http://www.usefilm.com/image/888465.html

落書きの出だしは、opet ćemo となっています。opet は again、ćemo は we will...の意味ですから、「我らはもう一度・・・するつもりだ。」というメッセージと読み取ることができます。(全文が見えないので、・・・の部分は分かりません。)この写真家がこの画像を通して言いたかったことが少しわかるような気がしてきました。

October 22, 2005

Bježi kišo s prozora の歌詞



昨日の日記に書きましたBježi kišo s prozoraという曲の歌詞についてです。曲をお聞きになった方にはいうまでもありませんが、男の人が歌っています。しかし、歌詞の内容は女の子と雨の対話になっています。

外は雨、女の子が部屋の中で泣いています。そして雨に向かって、「どっかへ消えて。もしもあなたがここにいなければ、私は今頃彼にキスしているところだったのに。」

雨も負けずに言い返します。「家の中にいなさいよ。彼は君のものじゃない。彼は今別の女の子のところにいるわよ。」(「雨」という単語は女性名詞なので、女性として扱います。)

すると女の子はこう言います。「うそつき!私の彼は浮気なんかしないわよ!彼が一番愛している女の子はこの私なんだから。雨よ、どっか行っちゃえ!」
どうやらデートが雨のためにつぶれてしまったようですね。でも、雨と女の子のやりとりがすごくいい感じ!さて、歌詞の中でBiti動詞*1が使われている箇所の英語訳は以下の通りです。

On nije za tebe. = He isn't for you.
On je sada kod druge. = He is at the other now.
Ti si kišo lažljiva. = Rain, you are a liar.
Ja sam njemu najdraža. = I am his dearest.



関連記事:
Biti動詞について(「クロアチア語を教えて!」レッスン 2, Day9)

*1:英語のBe動詞のようなもの

October 21, 2005

prozor の発音を聞いてみる



クロアチアの窓(prozor)の話題が出たところで、この単語が題名に入っている曲 "Bježi kišo s prozora" (live) へのリンクを載せておきます。(追記 2017/01/30:リンク切れになっていたので、かわりに YouTube で見つけた同曲を載せます。音源のみです。)

Bježi kišo s prozora (live, 1989) - Crvena Jabuka



Crvena Jabuka(赤いりんごという意味)はボスニア出身のバンドで、メンバーはクロアチア人のようです。

題名の意味は、Go away, rain, from the window.(雨よ、どっか行っちゃえ!)みたいな感じ。私はこのライブ・バージョンが好きです。

ビェジキショスプロゾラ~っ

一緒に歌うのがとても楽しい曲です♪

--> 翌日の日記「Bježi kišo s prozora の歌詞」に続く

ブログ内関連記事:
クロアチアの窓

October 19, 2005

クロアチアの窓



昨日ご紹介しましたクロアチアの家の写真を見ていて気づきました。クロアチアの家の窓って、前後に開閉するものが多いんですね!?基本的に、日本は左右に、またアメリカだと上下にスライドするものが多いですよね。(高価でデザイン性の高いものは別として。)

写真で見てみよう、「こんな感じ」シリーズ

アメリカの家ってだいたいこんな感じ(上下にスライドする窓に注目!)http://home.nc.rr.com/rquander/house.html これはノース・カロライナ州の家 (追記:リンク切れです)

クロアチアの窓の作りはこんな感じ(モダンなタイプ。セルビア・モンテネグロの会社のホームページですが、クロアチアのモダンな窓もだいたい同じ。)

http://www.jasen-jagodina.co.yu/prozori.htm (追記:リンク切れです)

ボスニアの窓ってこんな感じ。(伝統的なタイプ。)

http://www.sarajevogiftshop.com/index.php?main_page=index&cPath=67

ザグレブ(クロアチア)の古い家の窓。(アマチュア写真家 Dubravko Grakalic さんによる。)

http://www.usefilm.com/image/888465.html
http://www.usefilm.com/image/830958.html
http://www.usefilm.com/image/654784.html

関連語

prozor 窓 window
prozori 窓の複数形 windows

October 18, 2005

クロアチアの家



クロアチアの家を見たいと思い、ネットで検索したらこんなのがありました。不動産のホームページです。地図をクリックすると、調べたい地域を限定できます。あとは、それぞれの家の写真をクリックすると詳細(家の内部など)が見られます。
http://www.croatia-nekretnine.com/ (追記:リンク切れ)

また、こんなのもありました。こちらでは、国を選択できます。(セルビア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、その他)クロアチアの家を探す場合は、トップページでクロアチアの国旗(Hrvatska)をクリックします。ドロップダウン・メニューのカテゴリー(U kategoriji)で kuće を選び、左下の検索ボタン(Pretraga)を押します。slika(写真)にチェックマークが入っている物件をクリックすると、写真が見られます。
http://www.webnekretnine.com/

ブログ内関連記事:ドゥブロヴニクの写真

関連語

kuća 家 house
kuće 家の複数形 houses
slika 写真 picture
slike 写真の複数形 pictures
nekretnine 不動産 real estate
Hrvatska クロアチア
Srbija セルビア
Crna Gora モンテネグロ
Bosna i Hercegovina ボスニア・ヘルツェゴビナ
Slovenija スロベニア
ostalo その他

October 17, 2005

アレックスとエマ



今日は、クロアチア語の「 i 」の使いかたをいろいろ見てみます。

アレックスとエマ

まず、昨日レビューを書きました映画「あなたにも書ける恋愛小説」の題名をクロアチア語に直します。原題は “Alex & Emma” なので、それをクロアチア語に直すと 

Alex i Emma

簡単!(笑)クロアチア語の i は 英語の and のような意味です。

ボスニア・ヘルツェゴビナ

ボスニア・ヘルツェゴビナは、「ボスニアとヘルツェゴビナ」という意味なので、それをクロアチア語では

Bosna i Hercegovina (英語では Bosnia and Herzegovina)

といいます。全部書くと長いですよね。略す場合には、

BiH

となります。

セルビア・モンテネグロ

それでは、セルビア・モンテネグロはどうなるでしょうか。モンテネグロは現地語で Crna Gora なので、

Srbija i Crna Gora

です。これも長いので略すと、

SCG

となります。Srbija i Crna Gora をキリル文字に直すとСрбија и Црна Гора、さらに英語では Serbia and Montenegroです。

追記:2006年6月、モンテネグロが独立したため、「セルビア・モンテネグロ」という国名は消滅しました。

「あなたにも書ける恋愛小説」

さて、邦題「あなたにも書ける恋愛小説」を敢えてクロアチア語に直すならば、

Možes i ti napisati ljubavnu priču

(= You can write a love story, too.)

です。このように、 i には「・・・も (英語の too や also)」の意味もあります。

October 16, 2005

「あなたにも書ける恋愛小説」(2003年)



原題:Alex & Emma
監督:ロブ・ライナー
主演:ルーク・ウィルソン、ケイト・ハドソン、ソフィー・マルソー

かなり地味なラブコメディですが繰り返し見ても飽きがこない、スルメのような映画!監督のロブ・ライナーは、本に関係する作品が多いですね。スタンド・バイ・ミーやプリンセス・ブライド・ストーリーやミザリー、そしてこれも。この映画では、ストーリーと本の中の話がとことん交錯していきます。本の中の話のほうに、現実の二人の感情推移を理解する為のいろいろなヒントが隠されています。たとえヒントを見逃しても、DVD特典のコメンタリー(by ロブ・ライナー&ルーク・ウィルソン)を聞くと分かるので大丈夫です。室内の場面が多く、演劇っぽい雰囲気もあるので、言葉のやりとりを楽しみたい人におすすめ。

最初にケイト・ハドソンが配役され、そのケイトがルーク・ウィルソンを相手役に推薦したというだけあって、二人の呼吸がぴったり。私はこの映画で彼をすごく見直しました。はまり役です。こんなにサラッと真顔でコメディが出来る人は貴重な存在です(笑)

そのほかの見所:
  • ソフィー・マルソーのフランス語なまりの英語(セクシー!)
  • ルーク・ウィルソンのへなちょこダンス(ファンの人必見)
  • ケイト・ハドソンの七変化(正確には7役以下ですが)
  • ボストンの街並み

October 14, 2005

クロアチア語には標準語がない?!



クロアチア語の独学をしていて疑問があるときにはクロアチア人の友達に尋ねます。出身地によって言葉使いが違うので、みなさん違うことを教えてくれるんですね、これが(^^;)そして、クロアチア語には標準語というものがないと主張するクロアチア人が多い!

もちろん彼らにも、クロアチア語の方言のひとつである štokavian (štokavski) 型が国内でもっとも一般的に使われている言葉だという認識はあり、その štokavian の中の ijekavian (ijekavski) 型が標準的だということも承知しているようです。しかし、たとえば北のザグレブの人も南のドブロブニクの人も両方とも ijekavian (ijekavski) 型を話すわけで、それでも文法が違ったり言葉使いが違ったりします。では標準語は何なのかと聞くと、「むかし学校で習った文法を見直さないとわからない。」、と言い出すのです。

標準語がわからない、というのは日本人の私にとってはすごく不思議でした。日本では東京周辺の言葉が標準語になっていて、たとえ地方に住んでいたとしても、何が方言で何が標準語かぐらいはテレビや本などを通じてだいたい知っているものではありませんか?(特に若者ならば。)私だって、日本語の細かい文法を聞かれたら正確に答えられる自信はありませんが、もっと基本的なこと(たとえば日本語の疑問文の作り方とか)ならすぐに答えられます。しかし、バルカン半島のように多民族が暮らす場所では、基本的な疑問文の作り方でさえ「標準語」と一口に括るのは不可能に近いようです。

そもそも、かつてのユーゴスラビアが南スラブ民族を統治してひとつの国にまとめたとき、政府がクロアチア語とセルビア語を出来るかぎり統合しようとしたので、クロアチア語がある程度セルビア語化した時期がありました。そして、旧ユーゴスラビアが分裂する直前も、「クロアチアの学校でセルビア語も教えるように」と政府がクロアチアの住民に圧力をかけたりして、クロアチア人の怒りを煽ることになりました。だから、旧ユーゴスラビアの人々がむかし学校で何を「標準語」として習ったのかは、政治と深く関わっているために、言語学だけでは一概に処理できないという事情があります。

そう考えると、「標準語」がわからなくなるのも無理はないという気がしてきました。

ブログ内関連記事:
クロアチア語の格変化
クロアチア語の呼格について

October 12, 2005

クロアチア語の発音が無料で聞けるサイト (2)



昨日言及しました Obećana Zemlja の Zima という曲の歌詞を見てみます。
http://www.obecanazemlja.com/zima.shtml (追記:リンク切れ)

だいたいの意味はこんな感じ。

Come close to me so that I can touch your face, because I love you so much. Winter reminds me of you. Stay close to me...

冬が昔の恋人を僕に思い出させる、ということで、失った恋人を想うラブソングなんですね。一語一語を細かくみていくと・・・

hajde = come on
stani tu = stand here
kraj mene = next to me

さらに逐語訳をしたい場合は http://www.eudict.com/ のクロアチア語辞典(オンライン版、英語-クロアチア語、その他)が役立ちます。

クロアチア語の母音

さて、この曲のMP3を聞いてもわかると思いますが、クロアチア語の母音(a i u e o)の発音って日本語に似ています!(ただし、u だけはちょっと違いますね。クロアチア語の u は、もっと口をすぼめて強く言わないといけません。)これが英語だと、アという発音ひとつをとっても、オに近いアとかエに近いアとかいろいろなバリエーションがあって、日本人にとっては言い分けが面倒。フランス語だってアに近いエとかウに近いエとかいろいろです。それに比べたらクロアチア語は a i u e o が一種類ずつしかないからすごく楽に感じます。

逆にクロアチア語は子音の発音がややこしいですね。この辺は音声ファイルを聞きまくって練習するとしても、音楽と合わせると楽しく勉強できます。というか、私は参考書やテキストブックだけで勉強してるとすぐ飽きちゃうんです。与えられた単語だけを覚えていくのってつまらない・・・。むしろ、自分が出会った言葉について興味を持ちながら調べていくのが好きなので、クロアチアの音楽は私の勉強の必需品になっています。

サイトの説明を追加



トップページに「このサイトについて」を加えました。

今日「クロアチア語を教えて!」ホームページに行ったらサーバーのエラーが出ました。ブラウザで「再読み込み」(リフレッシュ)を何回かやったらすぐに表示されました・・・。そういうわけで、もしもエラーが出ましたら、3秒ぐらい待ってからもう一度接続してみてください。それを数回繰り返すとたぶんうまくいくと思います(^^;)

October 11, 2005

クロアチア語の発音が無料で聞けるサイト (1)



クロアチア語の発音が聞ける無料教材って少ないですよね。私はインターネットで音声ファイルを探して片っ端から聞いています。ジャンルを問わず・・・。だから、医療関係のものから民族音楽まで、とにかくクロアチア語が録音されているものなら何でもござれ。クロアチアのバンドや歌手のアルバムを丸ごとMP3でダウンロード出来ちゃうサイトがごろごろみつかることから考えると、クロアチアは著作権が緩いのかもしれません。(追記:2005年当時はそのような状況でしたが、今は無料ダウンロードサイトにウィルスが蔓延していますので、YouTube などで検索して視聴するほうが安全です。)

ここでアドレスを紹介すると法律にひっかかるかもしれないので言いませんが、次のようなキーワードを組み合わせて検索すると出てきます。

muzika (音楽)
Hrvatska (クロアチア)
hrvatski (クロアチア語)
MP3

さて、堂々ご紹介できるサイトもあります。クロアチアのバンド(それほど有名じゃないけど)Obećana Zemlja*1の公式ホームページでは、このバンドの曲を無償配布しています。 (DISKOGRAFIJAをクリックします。)
http://www.obecanazemlja.com/ (追記:リンク切れ)
(追記:新リンクはこちら。https://www.facebook.com/ObecanaZemlja/

たとえば、下記のアドレスを辿って、Zima*2という曲へ行き、ページの下に見える「MP3」をクリックするとダウンロードができます。(2バージョンあります。)そしてこのサイトの良いところは、クロアチア語の歌詞が載っているから発音を聞きながら一緒に歌える! なんとも嬉しいサイト。
http://www.obecanazemlja.com/zima.shtml (追記:リンク切れ)

この曲はゆっくりですし、歌詞をだいたいローマ字読みすれば歌えちゃいます(^^;)クロアチア語の発音のしかたについて詳しく知りたい方はここを参考に。
http://www.croatian101.com/chapters/c1/pronunciation.html

→ 翌日の日記「ブログ内関連記事:クロアチア語の発音が無料で聞けるサイト(2)」に続く

*1:英語にすると The Promised Land という意味
*2:冬という意味

October 9, 2005

クロアチア語で「愛してる」



www.posta.hr/default.aspx?id=3622&fyr=2003&m=457

再びクロアチアの切手です。

これはバレンタイン・デーの記念切手です。といえば、何て書いてあるかもうお分かりでしょうか?そうです!

Volim te (ヴォリム テ)は、「私(僕)はあなたを愛している」という意味です。

volim は「好む・愛する」という動詞の一人称単数現在形

te は「あなたを」

英語に直訳すれば Love you

クロアチア語は、すこしだけ日本語と似ているところがあります。それは・・・主語をできる限り省略するということ。英語でも口語では主語を略して Love you. と言われることがあります。でも、クロアチア語では Volim te が標準で使われます。既に volim 自体に「私は」の意味が含まれているので、主語を言う必要がありません。

別の例。クロアチア語で Gdje si? (グディエ シ?)、これは英語に直訳すれば Where are?です。意味は Where are you? ですね。日本語だと「どこにいるの?」。クロアチア語も日本語も主語が省略されています。

ブログ内関連記事:
クロアチアの記念切手

October 8, 2005

クロアチアの記念切手




クロアチアの郵便局のホームページがすごくいいです!クロアチアの記念切手を見ることができます。(下のリンクを辿り、右にずらっと並んでいる年のひとつをクリックするとその年の記念切手が下のほうに出てきます。スクロールダウンすると見られます。)

http://www.posta.hr/marke_e.asp (追記:リンク切れ)

追記(2006/2/27):新アドレス
http://www.posta.hr/main.aspx?id=193&trazi=1&vrsta=4(追記:リンク切れ)

追記(2012/10/23):新しいアドレスはこちらです。
⇒ www.posta.hr/pages/philately/postage-stamps...

切手に印刷されている国名が Republika Hrvatska (クロアチア共和国)となっているのが見えるでしょうか。日本の切手がローマ字で Nippon になっているのと似ていますね。クロアチア語で「クロアチア」は Hrvatska (フルヴァツカ)となります。

参考リンク(外部サイト):
クロアチアの郵便の歴史(英語)
http://hrvatska.posta.hr/history

クロアチアの郵便の歴史(クロアチア語)
http://hrvatska.posta.hr/povijest

October 7, 2005

クロアチア版の題名に「ハウルの」がついていない理由



10月1日付けの日記「ハウルの動く城」がクロアチアでも劇場公開されました!ところが・・・の続きです。

クロアチア版の題名はどうして「動く城」だけで、「ハウルの」が付けられなかったのでしょうか。ハウルは主人公なんだから、それをわざわざ題名から外すにはもっともな理由があるはず!

これをクロアチア人の友人に聞いてみたところ、理由としては以下のことが考えられるそうです。

まず「ハウルの動く城」をそのままクロアチア語に直すと、

Howlov pokretni dvorac

理由1: Howl という名前が珍しいので、Howlov が何のことだか(特に子供には)わかりにくい。Howlov の響きが変。

理由2: クロアチア語には w がないので子供が Howlov を発音できない。
大人ですと w を v に置き換えて読むのが普通なので、Hovlov のように発音されます。しかし子供には w が 「M の逆さま」ぐらいにしか見えない。どう発音するかもわからない。

なるほど。本当のことはわかりませんが、たぶん子供にわかりやすくするために「ハウルの」が取り除かれた、と想像することができます。

逆に、大人のアニメファンでこの映画の公開を待ちに待っていた人にとっては、「ハウルの」がついていなかったせいで「ハウルの動く城」であることがわかりにくかった・・・。

なにはともあれクロアチアでも公開されてよかったです!

ブログ内関連記事:
「ハウルの動く城」がクロアチアでも劇場公開されました!ところが・・・
「千と千尋の神隠し」、クロアチアでは何と呼ばれてる?

October 6, 2005

学校改革



旧ユーゴスラビアの学校制度は義務教育が8年間。日本やほかのヨーロッパ諸国と比べると1年少ないです。最近になってボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、クロアチアなどの旧ユーゴスラビア諸国が教育改革を始めました。就学年齢を一年早めて義務教育を9年間(6-15歳)にするというものです。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでは、すでに9年制が2004年度から始まっています。国内のほかの地域でも準備が整い次第すべて9年制になることが決められています。

しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナの住人に聞いてみたところ、そんなの知らないという人が結構いました(^^;) 法律で9年制になることが決まりましたが、「徐々に」でよいことになっているので、まだ8年制の地域がたくさんあるんですね。教師の数を増やしたり教室を増やしたり、準備に時間がかかる学校も多そうです。

そして、旧ユーゴのモンテネグロでも9年制になることが決まりました!それについての新聞記事はここで読めます。(日付の 03/10/2005 は10月3日という意味です。)
Nine-Year Schooling Comes to Montenegro (SETimes) (追記:リンク切れ)

どこの国でも教育改革は大きな問題のようです。国民の生活を向上させるにはまず人材作り(教育)から。日本もゆとり教育やらいろいろ試行錯誤中ですね。

ブログ内関連記事:クロアチアには中学校がない(1)

October 5, 2005

ボスニア紛争の終結から10年たっても (2)



昨日の新聞記事に出てきたレイラさんは、1995年7月のスレブレニツァ大虐殺(Srebrenica massacre, Siege of Srebrenica)でお父さんとおじいさんを失いました。このとき、村の7000 - 8000人の男性(少年からおじいさんまで)がセルビア人に連れ去られて殺されたと言われています。 

レイラさんのおじいさんは女装して家族と共に逃げている途中でセルビア人に捕まり、二度と帰らぬ人となりました。戦場となったほかの村々でも男性市民が虐殺のターゲットにされることがよくあったそうです。(男性=戦力なので。)男女問わず皆殺しになる場合も珍しくありませんでしたが、その他の例ではまず村の男性だけが殺されたあと残った女性たちが性的な虐待を受けたり奴隷同然に扱われたりしました。

戦争未亡人のなかには妊娠中に夫を亡くした人もたくさんいますし、敵兵から性的暴行を受け妊娠した人もいます。ボスニア戦争中のレイプ被害はこれまでも多く報告されてきましたが、その子供たちが10-13歳になる今現在どんな問題を抱えているのでしょうか。それについて読める記事があります。
Bosnian children born of war rape asking questions(MSNBC)

この記事によれば、約2万人のボシュニャク人(ムスリム)女性が戦争中に性的暴行の被害者となり(クロアチア人やセルビア人女性も同様の被害にあっています。)出産直後に赤ちゃんを殺す例が多いものの、暴行されたことを隠して育てる例、産んでその子供とのかかわりを絶つ例があります。お父さん(暴行をしたセルビア人兵士)に育てられている子もいるし、孤児院にいる子、養子にもらわれた子など状況はさまざま。このような場合、子供の心を傷つけないようにするには出来るだけ出生の秘密を隠したほうがいいとされています。それでもいつ誰に見破られるかわかりません。自分の出生の秘密を知り、自殺をしようとする子供もいるそうです。

養子といえば先日、アメリカの歌手フェイス・ヒルが自分の生い立ちについて語っているインタビューを読みました。彼女自身も赤ちゃんのときに養子としてもらわれたそうです。最近ではアンジェリーナ・ジョリーが2児を養子にして話題になっていますね。養子縁組はアメリカでは頻繁に行われていて、養子にしても隠さない親がたくさんいます(特別な理由がない限り)。人種の違う子供を養子にする場合も多いので、隠しようがないとも言えますが・・・。普通は、出来れば生い立ちの事実を受け入れて生きたほうが子供にとっても親にとっても精神上よいとされているようです。しかし、たとえそうしたくてもそれができず、ずっとひた隠しにして生きなければならない人々(ボスニアの人も含め)のことを思うと、何とも心が痛みます。

スレブレニツァ虐殺に関する記事:

October 4, 2005

ボスニア紛争の終結から10年たっても (1)



ボスニア紛争(1992-1995年)が終わって約10年がたちます。戦争で夫を失った女性たちや父親を失った子供たちは今どんな暮らしをしているのでしょうか。

「イスラム・オンライン」のホームページに、ボスニア特集を見つけました(全4回)。

Bosnia: A Decade On From War (Part Two) (イスラム・オンライン)(追記:リンク切れ)

記者が実際にボスニアを訪れて地元の人を取材しています。連載第2回目は、戦争未亡人とその子供たちの今の生活を追っています。10年たってもまだ避難民用の小さなアパートに住み極貧生活をしている家族がたくさんいるんですね。戦争が終わっても夫や父親は帰ってきません。人々の心の中の戦争は永遠に終わることがなさそうです。男性が皆セルビア人に殺され、女性3代(おばあさんとお母さんと子供)だけが残った家族の写真が載っています。私も戦争を憎まずにはいられません。
それにしても、皆さんの顔写真をみると、やっぱりボシュニャク人(ムスリム)は顔だけではなかなか見分けられないものだ*1と思いました。( --> ボスニア紛争の終結から10年たっても(2)に続く)

*1:ブログ内関連記事:ボスニア語を話すのは誰? (2)

October 3, 2005

夕日を見つめる亀吾郎



昨日は亀吾郎と散歩に行き、写真を撮ってきました。遠くに少しだけ海が見えます。(入り江になっています。)

October 2, 2005

今クロアチアで劇場公開されている映画は?



今クロアチアで劇場公開されている映画は何か調べてみます。まず、下記のサイトへ行きます。
http://www.klik.hr/ (追記:リンク切れ)

そして左のメニューの Kino program をクリックしてください。(kino は映画という意味です。)ザグレブで上映中の映画のスケジュールが出てきます。上のタブでほかの上映地を選ぶことも出来ます。(選択肢:Zagreb, Rijeka, Split, Osijek)さすが、クロアチアの首都ザグレブではほかの地と比べると上映数が圧倒的に多いですね!

クロアチア語を勉強しているみなさんは、クロアチア語版の題名を英語の原題になおしたりして楽しんでください(^^)

例:
Gospodin i gospođa Smith
Mr. and Mrs.Smith
Mr. & Mrs. スミス

Charlie i tvornica čokolade
Charlie and the Chocolate Factory
チャーリーとチョコレート工場

ちなみに、「ハウルの動く城」はザグレブの Broadway 5 で REVIJA AZIJSKOG FILMA (アジア映画鑑賞週間, Asian Film Review)の一環として2週間だけ上映されていました。それに関する新聞記事はここで読めます。

Revija Azijskog filma u Broadwayju(ヴェチェルニ・リスト紙より)
http://www.vecernji-list.hr/freetime/kompas/events/381707/index.do (追記:リンク切れ)

ブログ内関連記事:
「ハウルの動く城」がクロアチアでも劇場公開されました!ところが・・・

October 1, 2005

「ハウルの動く城」がクロアチアでも劇場公開されました!ところが・・・



宮崎駿監督のアニメ「ハウルの動く城」の英語版の題名は "Howl's Moving Castle" ですね。それでは、クロアチア版は何でしょうか。
答えは、「Pokretni dvorac」(直訳:動く城、moving castle) です。「ハウルの」が付いていません!約2週間前、クロアチアの首都ザグレブでも劇場上映されていましたが、タイトルに「ハウルの」がついていなかったために「ハウルの動く城」だと気づかず、危うく見逃しそうになったクロアチア人もいたほど*1。映画のポスターを見れば、英語の題名も添えられているのでわかりやすかったんでしょうけど・・・。
クロアチアの新聞ヴェチェルニ・リストにこの映画の批評が載っています。
http://www.vecernji-list.hr/freetime/lifestyle/scene/Kino...(追記:リンク切れ)

「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」に比べると意外なほどエンディングが単純なのがたまにキズだが、それでもほかのハリウッド製アニメに比べればずっと良い、というような評を受けています。(これには私も同感!)

さて、クロアチア語版のタイトル「Pokretni dvorac(動く城)」を詳しくみてみます。

まず、「動く」という動詞は pokretati です。

これの進行形「動いている(moving)」には性別があります。

pokretni(男性形)

pokretna(女性形)

pokretno(中性形)

「城 (dvorac)」という名詞は男性形なので、上の3つのうち男性形を選んで pokretni dvorac (moving castle)となります。

もしも「動く椅子(moving chair)」ならば、 pokretna stolica

もしも「動く湖(moving lake)」ならば、 pokretno jezero

になるわけですね。(stolica は女性名詞、jezero は中性名詞なので。)

--> 10月7日の日記 『クロアチア版の題名に「ハウルの」がついていない理由』 に続く

*1:これは私の友人(宮崎アニメのファン)のことです。暇があったので映画館に行って、何をみようか迷っていたときにいきなりハウルの映画があってびっくり仰天したそうです。原作本まで読んで楽しみ待っていた劇場公開なのに、その題名のせいで危うく見逃すところだった、と言っていました。そして、実際に人があまり入っていなくてガラガラだったそうです(>.<)

September 29, 2005

”101 places to visit in Zagreb”



Visit Croatia Forum で、こんなスレッドを見かけました。ザグレブ現地の人の意見も入ってます。

"101 places to visit in Zagreb" (英語)
visitcroatia.proboards.com/index.cgi?board=anything&action=display&thread=5728&page=1

(3ページまで続きます。左下のドロップダウンメニューで次のページに進みます。)

挙げられた場所をざっと見てみますと、

Aromatica shop in Vlaska
Tolkien's Pub in Gornji Grad
B.P. Club
Mestrovic Atellier
Regent Esplanade Hotel(での宿泊)
Zoo
Flower market
Fish market
Main Square (で水遊びする人々を見る)
Churches
Botanical Garden
Mandusevac
Strossmayer's promenade
Vraz's walk
Kamenita vrata

などなど。続きは上のリンクを辿って読んでください。

ザグレブに旅行に行くときに役に立つかも・・・っていうか、私はザグレブにまだ行ったことがないので妄想旅行のおつまみにさせてもらいました(^^;) 

こんな私でも Tolkien's Pub は聞いたことがあります。よっぽど有名なところなんでしょうね。

世界ふしぎ発見クロアチア裏話



8月27日に放送された世界ふしぎ発見のクロアチア特集。番組では見られなかった部分(撮影の裏話など)が下記のページで読めます!

世界ふしぎ発見 第930回

アドリア海の知られざる楽園 クロアチア

http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery930_1.html (追記:リンク切れ)




September 28, 2005

ヴェチェルニ・リストにびっくり!



少し古い話ですが、今月のExcite世界びっくりニュースにこんなのがありました。

「クロアチアで、羊のリアリティショー 落ちたら食われる!?」
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081126731900.html

クロアチアで、人間ではなく羊をフィーチャーしたリアリティショーがインターネットで配信されている。10日間のショーを勝ち抜いた勝者には、金ではなくその健闘を讃える詩が贈られる。結果が出るのは17日。7匹の群れから投票で落とされた羊は食べられるだろう、と14日付のクロアチア紙「ヴェチェルニ・リスト」は報じた...(以下省略)

コンテストの結果は今月の17日に出ましたが、http://www.stado.org/ にいけばまだ写真などが見られます。(ライブカメラはもう見られません。)

優勝したのは Josip(ヨシップ)くん!!なかなか凛々しいお顔をしています。

さて、このニュース記事にも引用されているクロアチア紙「ヴェチェルニ・リスト」。これは、クロアチアでは大変メジャーな新聞で、世界に配信されるクロアチア関係のニュースの中でちょくちょく見かける名前です。

ヴェチェルニ・リストのインターネット版もあります。ただし、周りに子供さんがいないところで見てくださいね!インターネット版だと、トップページにヌード写真がバシバシ出てきます。日によっても量が違いますが、先日見たときには女性のトップレス写真が4,5枚はありました・・・。

こんなメジャーな全国紙のトップページになぜヌードが!?日本やアメリカだったら絶対に一般の人から苦情が来そうです。クロアチアでは平気なんでしょうか?とクロアチア人のかたに聞いてみました。これにはさすがに驚いた様子でしたが、「インターネット版だから、読者集めのためにやっているのだろう・・・」、というご意見でした。紙版ではヌードが表誌になったりはしません。有力紙のインターネット版のトップページにヌードが出てくるのはクロアチアでも珍しいけれど、他例がないわけではないそうです。今日はというと、ファッションショーからの写真だからまだましか。(Galerije slika というのがフォト・ギャラリーのセクションです。かなり過激な写真を含むことが多い・・・。)

Vecernji List
http://www.vecernji-list.hr/

追記(2014年):2005年当時はそのような状態でしたが、2014年現在ではトップページに過激なヌード写真はもう出てきませんのでご安心を!

September 26, 2005

ヘルツェゴビナってどこからどこまで?



ブルース・リーの銅像が建てられることになったモスタル市は、ボスニアではなくヘルツェゴビナの方にあります。では、ヘルツェゴビナってどこからどこまでのことなんでしょう!?

はっきりした境界線は決められていないそうです(^^;)でも、だいたいの境はあるそうで、その地図はウィキぺディアで見られます。

en.wikipedia.org/wiki/Herzegovina

ボスニア・ヘルツェゴビナの国土の上部約3分の2がボスニア、のこる南部の3分の1がヘルツェゴビナなんですね。

そして、この国を二分する方法は他にもあります。こちらの地図をご覧ください。

http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Bk-map.png

ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(Federation of Bosnia and Herzegovina) と スルプスカ共和国(Republika Srpska)に分かれています。一概すれば、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦にはクロアチア人とボシュニャク人(ムスリム)が住み、スルプスカ共和国にはセルビア人が住んでいます。

英語表記の地図なので、Federation of Bosnia and Herzegovina が英語で書かれています。しかし、Republika Srpska はセルビア語のまま。なぜでしょうか。

国連のホームページにとても詳しい地図が載っていますが、そこでもやはり Republika Srpska はセルビア語のまま。

http://www.un.org/Depts/Cartographic/map/profile/bosnia.pdf

理由は、セルビア・モンテネグロの一部であるセルビア共和国(Republika Srbija)との混同を避けるためで、とくに英語圏では敢えてセルビア語のままで呼ぶ慣例なのだそうです。

日本では多くの場合スルプスカ共和国と呼ばれています。また、セルビア人共和国と呼ばれる場合もあります。そして、セルビア・モンテネグロにある方はセルビア共和国と呼ばれます。確かに紛らわしいですね。

まとめ

Republika Srpska(Republic of Srpska, スルプスカ共和国またはセルビア人共和国)はボスニア・ヘルツェゴビナの一部。

Republika Srbija(Republic of Serbia, セルビア共和国)はセルビア・モンテネグロの一部。

*追記*
このブログ記事が書かれたのは2005年ですが、その後の2006年6月、モンテネグロ共和国が独立したため、「セルビア・モンテネグロ」という国名は消滅しました


ブログ内関連記事:
ボスニア・ヘルツェゴビナの記念切手
ボスニア・ヘルツェゴビナには3つの国がある?

September 25, 2005

ミスクロアチア・スキャンダル (1998)



昨日の話の続きです。スキャンダルの渦中に放り込まれてしまった2人の女性、レイラ・シェホヴィッチ(Lejla Šehović)さんとイヴァナ・ペトコヴィッチ(Ivana Petković)さん。この時のミスクロアチア大会で初めに優勝したのはレイラさんのほうです。わずか5日後、レイラさんがボシュニャク人(イスラム教徒)だという理由で決定が取り消され、2位だったイヴァナさん(ローマ・カトリック教徒)が繰上げ一位となりました。

しかし、これが人種差別だという意見が多く、クロアチアやヨーロッパで大問題に発展・・・。この大会に優勝すればクロアチア代表として世界大会にも出場するはずで、結局どうなったかといえば、しかたなく今回の世界大会にはレイラさんを、そして翌年の世界大会にはイヴァナさんを出場させるということで話が落ち着きました。

レイラさんはクロアチアのドゥブロブニクで生まれ育ち、ボシュニャク人ではありましたが地元では人種に関係なく絶大な応援を受けていました。レイラさんのご両親が、レイラさんが生まれるまえの1975年に、ボスニアのサラエボから引っ越して来たのだそうです。当時はクロアチアもボスニアも旧ユーゴスラビアの一地方で、皆ユーゴスラビア人だったんですね。

コンテストの時の写真はここで見られます。(小さいですが。)
http://klub.posluh.hr/misshrvatske/1998/trojka.htm (追記:リンク切れ)

また、下記のページに行き、それぞれの名前をクリックすれば顔写真が出ます。
http://klub.posluh.hr/misshrvatske/ (追記:リンク切れ)

それから7年後。今でも表舞台で活躍しているのは2位だったイヴァナさんと、3位だったアンジャ・マリッチ(Anđa Marić)さんだけ。レイラさんはどうなってしまったんでしょうかね・・・。

イヴァナさんはモデルとして今も活躍しているようです。彼女の公式サイトはここ。トップページの下のほうに出てくる写真をクリックすればそれぞれが拡大されます。美しいです!
http://www.ivana-petkovic.com/ (追記:リンク切れ)

3位のアンジャさんは、もともとザグレブの「Flare」というロックバンドのヴォーカルで、コンテストに出場した理由もバンドの名を上げるためだったそうです。実際、このコンテストのあと大人気になって音楽シーンで活躍しました。2002年の時点ではこの3人の女性のうちで一番有名なのがアンジャさんだったそうですが、今どうなのかはよくわかりません。

第5課の Day22 を追加



第5課のDay22「お仕事は何をしていますか。What do you do for work?」を追加しました。ホームページのほうは久々の更新です!

September 24, 2005

ボスニア語を話すのは誰?(2)



ボスニア語を話すのはボスニア地方の人か南スラブ系のムスリムだと、昨日の日記「ボスニア語を話すのは誰?(1)」で申しました。では、南スラブ系のムスリムとは一体誰なんでしょうか?

ムスリムとはイスラム教徒のことをいいますが、この「南スラブ系のムスリム」というのは中近東のイスラム教徒とは人種が違います。それで最近は、ボスニア・ヘルツェゴビナやその周辺に住むムスリムのことを敢えてボシュニャク人(ボシュニャック人)と呼ぶようになってきています。ボシュニャク人とクロアチア人とセルビア人は、人種的には皆同じ南スラブ系となります。大きな違いは宗教で、以下の通り。

クロアチア人はローマ・カトリック教徒

セルビア人はセルビア正教徒(東方正教会)

ボシュニャク人(ムスリム)はイスラム教徒

バルカン半島がオスマン帝国(オスマントルコ)に支配されたときにイスラム教に改宗したグループ、それがボシュニャク人の祖先だと言われています。クロアチア人もセルビア人もボシュニャク人も血統的には皆同じ・・・ならば顔だけだと見分けがつかないんでしょうか、とクロアチア人の友人に聞いてみました。答えは、本当に「顔だけでは見分けがつかない」ということです。混血の人もたくさんいるので、顔だけではわからないのだそうです。

しかしですよ!私の主観で言わせてもらえば、ボシュニャク人はなんとなく濃いというか、クロアチア人とは顔の特徴が少し違う気がするんですが・・・。うーん、言い方を変えたほうがいいですね。つまり、数は限られていますが、私が会ったことがあるボシュニャク人のみなさんは、私が知るクロアチア人たちよりもなんとなくこう・・眉とかが濃くて、クロアチア人とは少し違って見えたんですよ。でも、気質はクロアチア人と同じくとても人懐こかったです。

ボシュニャク人は外見がクロアチア人とは違う、という意見を持つクロアチア人もいることにはいます。これは過度な民族主義に基づいた偏見とも言えますが、かつてこんなニュースがありました。

The Miss Croatia scandal of 1998
http://www.everything2.com/index.pl?node_id=1394579

Muslim reinstated as Miss Croatia
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/203399.stm

1998年、ミスクロアチアに選ばれた女性(クロアチアのドゥブロヴニク出身)が、数日後そのタイトルを剥奪されてしまいました。これはクロアチアでも一大スキャンダルに発展しました。反対派の意見を挙げると、まず彼女がクロアチア人ではなくボシュニャク人だから、また、彼女の顔がクロアチア人には見えないからそれをクロアチアの美の代表として世界に示すわけにはいかない、などなど。でも、彼女は堂々と一位になったわけで、もしもそれほどまでにクロアチア人と違う顔なら、もともと誰も彼女に投票しなかったはずでは? やっぱりあまり外見の差はなかったのではないでしょうか。

--> 翌日の日記「ミスクロアチア・スキャンダル(1998)」に続く

September 23, 2005

ボスニア語を話すのは誰?(1)



クロアチア語を話すのはクロアチア人、ボスニア語を話すのはボスニア人・・・もしそうならば話は早いですが、実際はそう簡単にはいかないようです。

例えば、昨日の日記でも話題に取り上げたモスタル市のホームページ。クロアチア語とボスニア語で書かれています。しかし、モスタル市はボスニアではなくて、ヘルツェゴビナのほうにあります。だから、厳密に言えば地理的にモスタル市民はボスニア人ではない。本当はヘルツェゴビナの人(Hercegovac/Hercegovka) なわけです。

また、モスタルの人口の大半はクロアチア人とムスリムの人(イスラム教徒)であり、ホームページもこの二民族のためにクロアチア語版とボスニア語版が用意されています。(追記:2005年当時はそうなっていました。)とすると、クロアチア語はクロアチア人の言葉で、ボスニア語はムスリムの言葉ということになります。(ボスニアの人である必要はない。)

しかし、確かにボスニア語はボスニア地方に住んでいる人の言葉でもあります。ボスニアにはムスリムだけでなくクロアチア人やセルビア人も住んでいます。だから、ボスニア語を話す人が必ずしもムスリムというわけではない。

うーん、複雑ですね!! 

話をまとめると、ボスニア語を母国語とする人は下の1か2のどちらかにあてはまる人です。

1、ボスニア地方の人(またはボスニア地方出身の人)

2、南スラブ系のムスリム(ボスニア出身である必要はない。)

そして、典型的なボスニア語の話者といえばやはりボスニア出身のムスリムです。ボスニアに住むクロアチア人が話すのは「ボスニア語+クロアチア語」となります。つまり、ボスニア語っぽいクロアチア語(または、クロアチア語っぽいボスニア語)という感じになります。ボスニアに住むセルビア人の言葉も同様に、ボスニア語に近いセルビア語になります。
ボスニア語を話すのは誰?(2)へ続く

September 22, 2005

モスタル市のホームページがクロアチア語とボスニア語で書かれている理由



先日ブルース・リーの銅像に関するモスタル市民の声をお届けしましたが(9月20日の日記「地元の人に聞く!なぜモスタルにブルース・リーなのか」参照)、私がそれを聞いた時に一つ思い出したものがあります。

それは、モスタル市のホームページです。
http://www.mostar.ba/

表紙でまずクロアチア語(hrvatski jezik)かボスニア語(bosanski jezik)のどちらかを選択するようになっています。実際は、クロアチア語もボスニア語も文法的にはほとんど同じで方言程度の差しかありません。また、書籍だとボスニア語で書かれているものはとても少ないので、ムスリム(ボスニア語を話す)でもクロアチア語やセルビア語の本を普段読んでいる。なのに、このホームページはどうしてわざわざクロアチア語版とボスニア語版に分けているのだろう、と疑問に思っていました。(しかも両方ともラテン文字で書かれているのに。)

今はその理由が分かります。もしもこれが何の選択肢もなくいきなりクロアチア語だけで書かれていたら、ムスリムは疎外されているような気分になるでしょう。モスタルはクロアチア人だけのために存在しているわけではないのですから。逆に、もしも全部ボスニア語だったら、クロアチア人の気に障ることでしょう。だから、言語自体にたいした変わりがなくても、クロアチア語版とボスニア語版の両方を示す必要があるんですね。

ウィキペディアに、モスタルの人口の推移が出ています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Mostar

戦争前はセルビア人も住んでいましたが、今はクロアチア人とムスリムの人が大半みたいです。

モスタルの人口の割合

クロアチア人 48.29%
ムスリム(ボシュニャク人ともいう) 47.44%
セルビア人 3.46%
その他 0.81% (2003年の調べ)


追記:2012年10月にモスタルのホームページを再度確認したところ、英語とセルビア語も加えられており、4か国語(クロアチア語、ボスニア語、セルビア語、英語)から選べるようになっています。

September 20, 2005

地元の人に聞く!なぜモスタルにブルース・リーなのか



先週、エキサイトの世界びっくりニュースで、モスタルにブルース・リーの像が建てられることになったという記事を読みました。

「ボスニアにブルース・リーの像 民族を越えた平和のシンボルに」 (追記:リンク切れ)

かつて激しい民族紛争の舞台となったボスニアの都市モスタル。このたび、新しい平和の象徴として、ここにブルース・リーの像が建てられることになった。リーはムスリム、セルビア、クロアチアいずれの民族においても崇拝されている。

ブルース・リーの没後30周年にあたる2003年に、熱狂的ファンのグループが自分たちのヒーローを讃えようと思い立ち、プロジェクトが始動した。彼らは寄付を厚め、一年後に市の承認を得た。(以下省略)

出処はイギリスのロイター通信で、そこでもやっぱり珍事件としてOddly Enough のカテゴリーに入れられています。
(上の記事の掲載期間が過ぎた場合、「こちら」で同じ記事が読めます。)

かくいう私も最初は「何で今時モスタルにブルース・リーなんだろう?」と思ってしまいました。そこで、クロアチア人の友人の協力により、地元モスタルの人(一般市民)に意見を聞いたところ、実に納得のいくお話が得られましたのでここにご紹介します。

ブルース・リーの銅像が建てられるのは、彼がボスニア・ヘルツェゴビナで単に「崇拝されている」からではない。もっと大事なのは、彼には国籍不詳なイメージがあり、ムスリム寄りでもクロアチア寄りでもない全く中立的なヒーロー像になりえるからだ。だから、極端な話、日本人の像でもよかったかもしれない。でも、クロアチア人・ムスリム両方から好かれていて、ブルース・リーよりも有名な日本人なんていないじゃないか。

普通、銅像になるのはその国や民族のヒーローだ。しかし、モスタルには複数の民族が住んでいる。ひとつの民族には英雄である人物も、別の民族からみると悪魔かもしれない。実際、この前の戦争のとき、各地の銅像が反対勢力によって破壊されてしまった。民族間の争いのもとになるような銅像にはもううんざりなんだ。

ブルース・リーの像を建てるという計画には賛成も反対もしない。ただ、政治家に悪用されないことを祈るのみだ。

なるほど!こう聞くと、ぜんぜん珍事件ではなくなりますね。むしろ、とても理にかなった選択ではありませんか。ブルース・リーはアメリカ生まれですが、それでも多くの人にとっては「え?あのブルース・リー?アメリカ人だっけ、それとも中国人?あ、香港とか?」という国籍不詳なイメージがあると思います。そして、クロアチアにもムスリムにも関係ない宗教の人。実際にブルース・リーが何の宗教の信者だったか知りませんが、絶対にキリスト教やイスラム教信者には見えない。これが非常に重要なポイントです。そして万が一、次に戦争が起こったとしても中立で破壊の対象にならないようなヒーロー像。だからブルース・リーが「民族を越えた平和のシンボルに」なりえるんですね。

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